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妹が怖い

 オタクの友達とつるんでいる時が楽しかったのは確か中学生までだったかな?

 いや、その時ですらすでに鬱陶しかったかもしれない。


 特に理由などは無い。ただ、ある時を境にどうしてか話が合うはずなのに一緒にいて楽しくなかったり相手の話を聞いていることが苦になってきた。

 まあ、僕に限ったことではないだろう……。


 そのうち現実(リアル)で会うことがめっぽう減り、代わりにネットゲーム内でのチャットで友人と会話することが一番楽しくなった。


 今現在、チャットで話している三人だってリアルの知り合いだ。


 パソコンの液晶画面に映るのはロリキャラが一人と鎧を着た男が三人。ロリキャラが僕の操作しているキャラクターである。


 まあ、恥ずかしい話だが僕はネカマと言うやつだ。他の三人と違い学校にも行かず引き籠ってプレイを続けている。故に必然的にキャラクターを見ている時間が長くなるわけで「どうせ、長時間見ているんだったら可愛いロリキャラにしちゃえ」と思った次第だ。


 今日も今日とて徹夜でネトゲ。

 チャットで会話。

 人の顔を見なければこんなに簡単に話せるのにどうして見たら話せなくなるんだろうか? コミュ症あるある、永遠の謎である。


 ――慣れてしまった人となら簡単なのになぁ。


 カタカタとチャットで他愛もない会話をしているといきなり部屋のドアが蹴破られそこから一人の美少女が現れた。


 これは現実でのこと。決して僕の妄想などではない。

 母以外の僕の知る唯一の女性、妹の花音(かのん)である。


 ツインテールの髪に、かわいらしいく整った顔立ち。

 顔面偏差値が僕とは大違いである。僕が奴隷とするなら妹は殿上人。絶対服従の姿勢を崩してはいけない。


 パソコンの前で驚いて身を丸める僕を一瞥すると「ふんっ」と鼻を鳴らしてからベッドへ、そこで横になって漫画を読み始めた。


 いやいや、そこ僕のベッドだからね? 何くつろいで読んでるんですか?


「な、なあ。自分の部屋で読めよ」


「なに? 文句あるの?」


「い、や。無いけど、さ……」


 居ても特に困ることは無い。だが、ベッドからはパソコンモニターのチャット内容が丸見えである。正直あまりいい気分ではない。

 思春期真っ盛りの男同士のチャットの内容など見られてはこの部屋の空気が凍りついてしまうことは避けようがないことだろう。


 だが、殿上人には逆らえない。

 ここは大人しく引き下がっておこう。


 カタカタ……。


「ねえ、うるさいんだけど」


 何とか見えない様に体をくねくねさせながら、三人と会話の続きをしているとベッドに横になっている花音が愚痴を垂れた。


 だったらさっさと帰ってしまえばいいのに、と思うのだがそんなことを言って機嫌を損ねてしまっては大変だ。殿上人相手に奴隷は逆らわず靴の底を舐めるレベルまでへこへこしなけばならない。

 しかし、それでも一応僕は兄だ。


 本心だけは伝えることにする。


「ご、ごめん。って、じゃあ、それ貸してやるから自分の部屋で読んでよ」


「もう少しで読み終わるから次の巻になったらねー」


 漫画から目を背けずに言う妹。

 いつもの流れである。どういうわけかなかなか帰ってくれないのだ。


 しかし、相手は殿上人。引き下がらざるを得ない。


 できるだけ音を立てない様に小さくタイピングをするように心がけよう。


「うるさいってば!」


 それだと言うのに我が家の殿上人様はついにお怒りになられた。

 おお、なんということだおそろしい。僕は処刑されてしまうのだろうか?


「ごめん……。て言うかそろそろ読み終わっただろ? 次の巻持って部屋に戻ってくれよ……」


「ふんっ、そんなに出て行ってほしかったら力ずくで花音を外へ放り出せばいいじゃない」


 ベッドの上で仁王立ちしてそんなことをおっしゃられた。

 もちろんそんなことは面倒だし、実際にやると『触るな気持ち悪い!』とか言われそうなのでやらない。


「わかった、じゃあゲームは止めるよ」


 言うと、タイピング音が無くなるのがそんなに嬉しいのか笑顔を見せる。


 こんな笑顔を見たのはいつ振りだろうか? 笑っていれば可愛いものを僕がネトゲやアニメにはまりだしてからは全然笑ってくれなくなった。


 おかげでつんけんした恐ろしい顔しかここ数年は見ていなかったのだが……。

 うん、妹びいきしてみてもやはり僕の妹の顔面偏差値はかなり高いな。


 最後にチャットで今日は落ちます、と残してから僕はゲーム画面を消してインターネットを立ち上げ『小説家になろう』と言うサイトを立ち上げた。


「え、ちょっ。ゲーム止めるって……」


「うん。ゲームを止めてネット小説を読むことにするよ。それだとタイピング音も出ないからね」


 出るとしてもマウスのクリック音位だ。漫画のページをめくる音と大差ないだろう。

 これなら我が家の殿上人も許してくれることだろう。


 そう思いベッドの方へ眼をやると、なぜかむくれた花音がそこには立っていた。


「馬鹿っ! このキモオタ!」


「うっ……。さすがに酷いよ花音。いきなりなんなのさ」


 彼女の要望どうりにしてあげたというのにこの仕打ちは酷と言うものだ。殿上人様は奴隷の存在自体が気に入らないらしい。


 と言うか、一方的に部屋に入ってきて漫画を読み漁り挙句の果てに罵倒など一部の者にしか需要は無いぞ?

 もちろん僕はそんなもの欲しがっていない。と言うかそれ以前に妹だ。まったくうれしくなどない。

 むかつくだけである。口には出さないけど。


「昔の、昔のお兄ちゃんはどこ行ったの!? ずっとパソコンばっか見て……花音の事もっと見てよ!」


 昔の僕……ああ、そう言うことか。


 僕は昔はそれこそオタクとは無縁で血気盛んで元気いっぱいの正義感たっぷり子供だった。

 それに対し妹は内気で顔も可愛いが故に男子からちょっかいを出され続け、さらに女子からは妬まれて孤立……と言うよりはいじめられていた。

 昔はよく助けてやったものだ。


「あの時の僕はもう居ない。また、いじめられているなら警察に言ってくれ。この歳で年下に暴力なんてそれこそ刑務所送りになってしまう」


 僕の年齢は十八。

 高校三年生の青春真っ盛りだ。だと言うのにだらだらと部屋に引き籠っては怠惰と親のすねを貪りつくしている。

 勉強の方は問題ない。僕はもう大学へ行くつもりもないし働くつもりもないからだ。

 人と関わり合うつもりが無い。


 まあ、そんな兄を持ってしまったが故に花音には結構な迷惑をかけているかもしれない。


 花音は成績がいいはずなのになぜか僕と同じ高校の一年生。十六歳である。

 兄が引き籠っているならそのことでクラスメイトにからかわれているかもしれないし、教師から何とか家から引きづり出すように言われているかもしれない。


 それで目立って、いじめられているという可能性は十分にあり得る。


「べ、別にいじめられているわけじゃ……ない」


 しかし花音の言葉は僕の言葉を否定するものであった。


 いじめられているかもしれないと言うことが杞憂だったことにホッとする反面、ならどう意味なのだろう。と疑問が生まれた。


「なら、お前を見ろとはいったいどういう意味だ? 最近近辺で嫌なことがあって助けてほしいって意味じゃないのか?」


「違う……」


 そう小さく呟くと、花音は一つ大きく息を吸い、そして吐き出した。

 何かを決心したように唇を噛みしめこぶしを握り、キッと僕を見る。


 え? 何? 殴られるの? そんな拳を握らないでよ……。


「か、花音は……花音には……お兄ちゃんが居ないとだめなの!」


 僕が居ないとダメ……つまりは僕の力を常に必要としているということだ。


「は? いや、だから何か困ってるのかって」


「違う! そうじゃない! 一緒じゃないと……一生一緒じゃないとダメなの!」


 ベッドから飛び降り、つかつかと歩み寄って僕の肩を掴んで揺する。

 花音の顔は、頬が高揚し、必死なのか汗が流れていた。そして綺麗な黒の瞳は僕の瞳から一切逸らすことなくじっとこちらを見ている。


「一生……一緒?」


 困惑しつつも必死に言葉を絞り出した。


「そう、花音の中でお兄ちゃんは英雄なの! 誰にも変わりは務まらないの! お兄ちゃんだけが花音の味方なの! 他は何にもいらない!」


「え? え?」


「お兄ちゃんと一緒に一生を過ごしたいの! お兄ちゃんと幸せになりたいの!」


 早口にまくしたてる花音。

 正直言って展開があまりにも急すぎて付いていけない。

 一生を過ごしたい? 何? 僕を養ってくれるの?


「ぼ、僕は結婚も何もしないだろうから一生独身だ。そんな家族と一緒に過ごしたいって、正気か?」


「違う! そうじゃない! 勘違いしてる。花音は、私はっ、お兄ちゃんと結婚したいの!」


「――は? え? はあ!?」


 え? 結婚!?

 何言ってんのこの子?


 動揺していると花音の顔がいっきに近づく。

 先ほどとは比べ物にならないほど顔が火照り、大人の色香を醸し出していた。


 やばい。


 そう思い、とっさに花音の口に自分の手を当て己の唇との接触を防げたのは、まさに奇跡と呼べる感覚が働いたとしか考えられない。


「――ねえ、どうして……。どうして塞ぐの?」


 僕の抑えた花音の口が動く。

 手の平にくすぐったさを覚えながらもゆっくりと顔を引き離し、そして僕は気が付く。


 花音が両の目からつーっと涙を流していたということに……。


「あ、いや、だって、僕らは……」


「兄妹!? 兄妹だから駄目だっていうの!?」


 手を退けヒステリックに叫ぶ花音。


「……っ、そうだよ。その、け、結婚したいとかいう気持ちもきっと全部気のせいだ。兄妹でそんなことはありえ……」


「そんなの不公平だよ! おかしいよ! 生まれた時から決まってるじゃん! 花音の努力じゃどうしようもないじゃん! ――それに、気のせいなんかじゃないもん! 小学生の時、この気持ちに気が付いてからずっと、家ですれ違うたびドキドキするし、お風呂上りの姿に興奮するし、学校で見かけたら気持ちが踊る……この気持ちは、気のせいなんかじゃないもん……」


 消え入るようなその声に、しかし僕は彼女の気持ちが間違っているということに疑いなど抱かない。

 兄妹での恋愛など、いけないことだ。


「でも、ダメだ。百歩譲ってその気持ちが本当だとしても、僕は絶対に受け入れない」


「どうして……何が駄目? 性格? 見た目? 直せるところは直すから……」


「血の繋がりだ」


 短くそしてそっけなく吐き捨てた僕の言葉に彼女は息を飲んだ。

 絶望の色をその表情に浮かべる。


 さすがに諦めてくれただろう。気持ちは嬉しいが、僕は常識は持っている。兄妹の恋愛が正しいなどとは思わない。


 俯いて動かない花音に「今日のことは忘れるから部屋に帰れ」と告げようとした、まさにその時だった。

 花音が何事かを呟く。


「花音の事が……邪魔なんだ……」


「違うっ! そう言うことじゃない。――ただ、お前の気持ちは受け入れられないってだけで……」


 しかし僕の言葉は花音の耳には届かない。


「邪魔……あぁ、そうか。……私よりもゲームとかの方が大切なんだ……」


「そんなことは無い! 僕は兄としてお前のことが大切だ!」


 なんだかやばい感じがする。

 このままだと刺されそうな予感がする。

 アニメみたいに……。


「花音が大切? ……ゲームとかの次でしょ? お兄ちゃんオタクだもんね……。気持ち悪い」


「お、オタクなのは否定しないけど……でも、お前の方が大切だ」


 なんとか言いくるめようと必死になるがまたもや花音の耳に僕の言葉は入って行かない。


「オタク……そうか、オタクだからいけないのか……」


 え? なに? なに!?

 なんか本当にヤンデレみたいになってきたよ?


 怖いんだけど、うちのあの殿上人の本性はヤンデレだったのか!?


「こ、この機械かっ! この機械がお兄ちゃんを、オタクとかいう気持ち悪い存在に変えて……花音からお兄ちゃんを奪ったのかッ! この機械に、こんな機会に負けるなんてっ!」


 って、え? その機械ってもしかしてパソコンの事?


 確かに僕が本格的にオタクになったのは高校生になったと同時に親から言われた『携帯とパソコンどっちがいい?』と言う問いに対して携帯の使用意味を見いだせずパソコンを選んでしまったことが原因だ。それまでは偶然録画してしまった深夜アニメを見てしまいそれにはまったりして学校で話す程度だった。

 しかし、まあ、花音の言葉は的確に的を射ていた。


 しかし、花音とパソコンどちらが大切かと言われれば迷うことなく花音を選ぶことが出来る。


 例え、ゲームデータが全部消えようが、ピンクな二次画像がすべて消去されようが、それでもただ一人の妹の方が大切だ。


「ちょ、ちょっと落ち着けよ!?」


 僕の叫びを無視して花音はパソコンに歩み寄る。


 え? ちょっと待ってよ……。花音の方が大切なのは紛れもない事実だけど、そのパソコンにはそれなりの思い出が……。


 そんな心の呼び止めが花音に聞こえるはずもなく……。


 花音はパソコンを持ち上げて床にたたき落として粉々に粉砕した。

 僕の頭から血の気が引いて行くのがわかる。


 あ、ああ! 僕と三年を共に過ごしてきたノートパソ子ちゃんがぁぁ!!


「うあああああああ!! おい、花音! こればっかりはいくらお前でも、黙っているわけにはいかないぞ!」


「落ち着いてお兄ちゃん。これでお兄ちゃんはオタクをやめられる。そして花音とずっと一緒に居るの。高校を卒業すると同時にこの家から出ていくの。花音たちのことを誰も知らない街で小さくてもいいから部屋を借りてそこで二人貧しいけど、幸せな、そんな時間を過ごして、それで死ぬ時も一緒に死ぬの」


 オタクを止めれるはずがない。止められないからオタクなんだ。

 と言うかそれより……。


「こ、怖いよ! さすがに怖いよ!」


 なんだ、その想像は。

 死ぬ時まで一緒とか本当にうちの妹はいったいどこでこんな性格になってしまったんだ?


 今、超絶笑顔だけどいつものつんけんした妹に戻ってくれよ。

 靴の底でも何でも舐めるからいつもの殿上人様な妹に戻ってくれよ!


「怖くなんかないよ? 花音たちはお兄ちゃんが言った通り血がつながっている……。だから、だから行くの……誰も私たちのことを知らない場所へ……」


「けど、血の繋がり自体は消えないわけで……」


「でも、それを知っている人は居なくなるよ? 静かに暮らしていけばきっとばれない。何をしててもばれないよ?」


 そう笑顔で言った花音の瞳は狂気に満ちており、その異常性を僕にひしひしと伝えてきた。

 どうすればいい? どうすればいい!?


 ここで許可してしまえば彼女が言ったことが本当になってしまうだろう。

 しかし、だからと言って断ってしまえば「お兄ちゃんを殺して私も死ぬ! ずっと、一緒なんだから!」などと言って死を選ぶかもしれない。


 ここは僕の身の為にも、そして花音の為にも許可せざるを得ないのか?


「幸せになれるよ……お兄ちゃん……」


 そう言うと、花音は僕に近づき、そして奇跡的な感覚が起こらなかった僕はあっけなく妹にキスされた。

 驚愕と、焦りから目が見開かれる。


 僕が花音を引き離す前に腕が背中に回され引き離すことが出来ない。

 口の中に花音の舌が侵入してくる。


 初めてするキスの感覚に脳がとろけそうになり、しかしそれと同時にその相手が妹だと言うことに対する背徳感と興奮が胸中をぐちゃぐちゃにかき乱していく。

 そうして約一分間、僕の部屋の中は彼女と僕の興奮した鼻息と、唾液が絡み合う卑猥な音だけが小さく響いていた――。


+++


 いつの間にか腰が抜け互いに床にへたり込んだことによって花音は口を離した。

 僕と花音の口の間を唾液の橋が架かり、やがて消える。


「はぁ、はぁ。おい、花音!」


 僕は顔を手で隠しながらそう言う。

 隠して得いるのは拒否しきれなかった自分に対する情けなさと、キスしている最中不覚にも興奮してしまったことによる照れと嫌悪感で、どういう表情をしているのか自分でもわからないからだ。


「な、なに? お兄ちゃん。もっとする? 花音は大歓迎だよ?」


 指の隙間から覗いて見えた花音の表情は完全にメスの顔、と言うやつであった。


「違うっ! 違うんだ。そうじゃない……。そうじゃないんだ……」


 ダメだ、おかしい今の花音はどこかがおかしい。


 そしてキスをされた同様によって僕の精神状態もかなりおかしい。

 心臓が早鐘を打ち、花音の声を聴くだけで襲い掛かりたい衝動に駆られる。


 クソッ! してくるかもしれないってわかってたのに隙を作ってしまうなんて……。


「どうしたの? お兄ちゃん」


 頭を抱えて後悔している僕に花音は優しく声を掛けてくる。


 もう、腹をくくるしか……ないのか……?


 僕は隠していた手をどけ真剣な表情を作り、そしてほくほくと頬を朱に染めて目をキラキラとさせている花音を真正面から見つめる。


「わかった、僕はこれから花音の為に生きる。花音が高校を卒業したら家を出よう。僕もなんとか高校は卒業して就職するから家を出るのはお金がたまってからになるけど……」


 言うと、花音の表情がさっきまでと比べ物にならないくらい明るくなる。


「ほ、ほんと!?」


「ああ、その代りもうこの家には戻ってこないから父さんと母さんには会えないし、お友達にも会えなくなるぞ?」


 最後に花音へ覚悟を尋ねると……。


「花音は言ったよ? お兄ちゃん以外何もいらないって……。お母さんとお父さんに会えないのは少し寂しいって思うけど、でもお兄ちゃんと一緒になれるなら喜んで離れるよ」


 その狂信的なまでの僕への好意はいったいどこから来ているのだろうか?

 確かに僕は幼少期の頃花音のことを幾度となくいじめの魔の手から救いずっと一緒に遊んでいた。子供のころの記憶が深く刻まれるということともしや一緒なのだろうか?


 こんなことになるのだったら多少辛い思いをしてもらってでも自分で解決させるべきだったかなぁ。


「――はぁ。わかったよ、じゃあ兄ちゃんは明日から引き籠り止めてとにかく高校卒業できるように頑張るよ」


 花音の覚悟は僕の覚悟と直結する。

 どうしてこうなってしまったんだ、と拭いきれない嫌な感覚が僕をひどく襲うが必死に気付かないふりをする。


 再度大きく溜息をついてから「とにかく今日はもう部屋に戻れ」と言うと大人しく従い扉の方へとてててっと駆けていった。

 これからどうするかを考えないと、と悩んでいると扉の前でくるりと振り返り花音はにっこりと笑って一言。


「絶対幸せになろうね、お兄ちゃん!」


 そう言って去って行った。


 可愛いはずのその笑顔。

 だが、今の僕には恐怖しか感じることが出来なかった。


 しかし、それが兄妹愛を行うと言うことに対してのものでは無く、周りにばれる可能性のリスクの大きさに怯えたものであるということは……認めたくなかった。


 僕も、おかしくなり始めていたのだ。


+++


 次の日、久しぶりの登校に手に汗握る緊張と嬉しそうに僕の事を見つめる父さんと母さんの視線を浴びながら玄関のドアを開けるか開けないかで必死に葛藤を繰り返したその時だった。

 いつもならもうとっくに出ているはずの花音の靴がそこにあることに気が付いた。


「母さん、花音はまだ起きてないの? 遅刻しちゃうよ?」


 振り返り僕の事を温かく見守っていた母さんにそう尋ねる。

 すると母さんはポンッと手を叩き「あっ」と声を出した。


「今日あの子ったら風邪ひいちゃったみたいで休むの。咲夜が久しぶりに外に出ようとしていたものだから嬉しくってつい忘れていたわ」


 忘れていたって、あんた自分の娘の事だぞ?

 しかし、そうか。

 風邪を引いていたのか……。昨日はあんなに元気そうだったのに本当は苦しかったのだろうか?


 も、もしかしたら昨日のあれも風邪で頭がボーっとしていてってこともあり得るのではないか? そうだとしたらかなりの重症だ。兄を好きなどと妄言を吐くのだからな!

 そうだ、今日は花音の看病でもしてやろう。

 家の親は共働きだ。このままだと病人の女の子を家に一人にすることになる。


 そうだ、今日は止めて明日また学校へ行けばいい。

 妹が大変なんだからこれは兄として当然のことだ! そう、そうにきまっている……。


「ご、ごめん二人とも。今日は花音の看病でもするよ。学校には明日絶対行くから!」


 そう言うと僕は鞄を持って二階の自室へと駆けこんだ。

 後ろから僕を呼ぶ声が聞こえる。悪いが今は無視だ無視。


 しばらくすると部屋の前に誰かが立ったのが物音で分かった。

 そしてそれが父さんと母さんであることが声で分かる。


「俺たちは無理に出てほしいとは思わない。でも、少しずつ慣れて行ってもらえればいいとは思っている」


「ゆっくりでいいから、ゆっくりでいいからいつか、何年先になってもいいからいつか出られるようになったら、家族旅行にでも行きましょうね。――じゃあ行ってくるから花音のことお願いね」


 二人の言葉に思わず涙が出そうになる。

 二人は僕の言葉を聞かずに階段を下ってき、そして数分後玄関の鍵が閉まる音が聞こえた。


 やはりばれていた、僕が言ったことがただの方便で本当は外に出るのが怖かっただけだってことに両親は気が付いていたのだ。


「お父さんとお母さんはやっぱり優しいね」


 気が付かない間に花音が部屋に入って来ていた。

 正直超絶焦った。


「ん、ああ。だな」


 倒れ伏していたベッドからのっそりと起き上がりながらドアの前に立つ花音へと目を向ける。


「と言うか、風邪じゃなかったのか?」


「お兄ちゃんはやっぱり優しいね。でも、今日学校へ行かないだろうなぁって言うのはわかってたから、逃げ道としてその優しさを使わしてもらったんだけどね? 花音が風邪って聞いたらそれを理由に休むと思って」


 その言いぶりの思わず激情を露わにしかけ、しかし彼女の言っていることは何も間違っていないと言うことに唇を噛んだ。


「で、僕と二人になって何をするつもり?」


「もう、お兄ちゃんったらぁ~。男女が二人ですることなんて決まってるでしょ?」


「花音のために生きていくとは決めたが花音と恋人になるとは決めてないし言ってもいない。花音は僕にとって女ではなく妹だ」


 変なことをされる前にこういうのは一度はっきりと言ってやった方が良い。

 味を占めてしまえば何度も何度も結局流れで行ってしまうかもしれないからだ。


 兄として花音にはきちんとした恋愛をしてもらいたいと言うことは最後まで諦めないし、手を出すなんて絶対に嫌だ。


 だが、そんな僕の考えなど花音の前では無意味。


「どうしてそんなこと言うの? どうして? ねえ、昨日はしてくれたのに! おかしいでしょ!?」


「き、昨日は不意を突かれただけで……」


「花音と一緒に暮らしてくれるって、一生一緒だって言ったよね!?」


「そ、それはあくまで兄妹として……」


 ヒステリックになり僕の方へと歩み寄ってそのままベッドに押し倒される。

 マウントを取られ動きが封じられた。


「か、かの……んっ!?」


 動けない僕はあっさりとキスされてしまう。

 いけない、この状態は非常にマズイ。


 花音の舌が僕の口内にあっさりと侵入してき、舌を愛撫される。

 昨日はじめてしたキスだ、一日で慣れるはずもなくふがいない僕はそのキスで……。


「へへっ、お兄ちゃんおっきくなってるんだぁー。でも、花音の誘いを断ったんだもん。このままだよ?」


 そう言うとまた唇を僕に押し付けてくる。

 痛いくらいに膨れ上がっている愚息に花音が上から自分のを擦りつける。

 キスの合間に甘い息が漏れ出ていた。


「か、のん……や、めて……」


「じゃあ、花音の恋人になって?」


 わずかに口が離れ、至近距離で僕の目を見ながらそんなことを言ってくる。

 もちろんそんなの却下だ。


「い、やだ」


「むー。じゃあ、止めない。そのままイッちゃえ。キモオタの、お兄ちゃん」


 無邪気な笑みを向けて一層擦り付けてきた花音。

 童貞の僕がそんなものに勝てる道理はないわけで。


「くっ……はぁ、はぁ……」


「えへへっ、本当にイっちゃったの? まあ、そんなお兄ちゃんも可愛くて好きだよ?」


 くそ、何でこんなことに……。

 もとわと言えば花音が昨日変な告白を僕にするから……。


「ねえ、お兄ちゃん。今、花音のせいにしてるでしょ?」


「――……へ? あ、いや……」


「わかるよ。ずっと、ずっとずっとずっとずっとずーっと見てたから。わかるの。でもね、お兄ちゃん。男のお兄ちゃんだったら上に乗っただけの花音を退かすくらい簡単にできることのはずなんだよ?」


 え?


「だからきっとお兄ちゃんも花音としたかったんだよ……。今日はこんないじわるしてごめんね? 絶対に私の処女はお兄ちゃんに上げるから……。って、あれ? どうしたのお兄ちゃん?」


 花音の言葉を聞いて自分が情けなく涙を流していることに気が付いた。


 僕は……、僕は……。


「僕は、本当は花音としたかった……のか?」


 本当にそうなのか?

 確かにあの時僕は花音を退かそうと……決めつけただけだ。動けないって、動かないって決めつけただけだ。退かそうとはしていない。


「そうだよ、お兄ちゃんは花音としたかったんだよ。だから退かさなかった」


 僕は、本当に……。


 いや……そんなはずない!


 気持ちで負けてはダメだ。花音の為を考えろ!

 ここで僕が花音のペースに飲まれて本当にしてしまえばそれこそ既成事実が出来てしまい取り返しのつかないことになってしまう。

 本心ではしたかったのかもしれない。だが、それがどうしたと言うんだ。


 本心なんてものは自分でもわからない。なら自分をだまして別の物――妹を守りたいと言うのを本心だと思えばいい!


「違う、ただ、体勢的に力が入らなかっただけだ。花音とはしない。絶対に……」


 力強く花音の目を見て言う。

 すると花音の瞳が揺らぎ、その表情に怒りを露わにさせた。


「どうして! どうしてどうしてどうして! 花音はここまで思っているのに、ここまでお兄ちゃんのことを考えているのに! どうして!」


「血の繋がりだ。それが無かったら……。まあ、付き合っていたかもしれないし、結婚もしていたかもしれないな……」


 だが、すべては幻想だ。

 僕たちの体内には同じ血液が流れている。

 それは決してまぐわうことの出来ない男女の印。


「あ、ああ! もういい! だったらもういい! こんな体いらない(、、、、、、、、)! お兄ちゃんと一緒になれないこんな体、必要ない!」


 ――え!? ちょっ、ちょっと?

 おい、待てよ!


 コミュ症がたたって肝心な時に声が出ず、そしてそれが命取りとなった。

 花音が何かのビンを取り出し中身を大量に口の中に入れる。大体ビンの中に入っていた物の半分くらいだろう。


 そしてそのすべてを僕にキスをして口移しで飲まされた。

 勢いですべて飲み込んでしまったがいったいなんだったんだ!?


 そう思って慌てて花音を見ると、花音は残りを飲み干したところであった。

 そして笑顔で空になった瓶を渡してくる。


 『睡眠薬』


 そのラベルを見た瞬間血の気が引いた。

 視線を花音に戻すと満面の笑みで花音が言う。


「お兄ちゃんがもし、死んじゃったら花音もすぐ後を追えるように、お兄ちゃんが他の知らない女の人と付き合っちゃったらすぐにその人を殺せるように、いざとなったとき、一緒に死ねるようにって、ずっとずーっと持ち歩いているの」


「な、お前……! くそっ、眠くなって……」


 薬が効果を表しはじめる。

 あとから飲んだ花音も数秒の差で同じようにうとうとし始めた。


 やがて耐え切れず僕はベッドに横になる。花音が抱きつくように横になった。


「へへへっ、お兄ちゃんと一緒に死ねる」


 狂気じみた笑みを浮かべてキスをしてくる花音。


 ああ、あああ。ダメだ。

 死ぬ、絶対に死ぬ。

 死の間際、僕が思っていたのは目の前でウキウキとしている花音ではない。


 僕に託し、僕を信じ、僕に優しく接してくれた両親。


 ――ごめん父さん。結局外には出られそうにないや……。


 ――ごめん母さん。旅行には父さんと二人でゆっくり温泉にでも行ってくれ……。


「死んでも一緒だよ。お兄ちゃん……」


 そう言い残しすぅすぅと寝息をたてはじめた花音。

 どうやら僕よりも先に眠ってしまったよう。


 結局、僕は何を選択すべきだったんだ……。


 可愛い寝顔を見て、死ぬ時ぐらいすべてを許そうと思って僕は花音のおでこにキスをした。


 そうして僕の意識は暗転の世界へと落ちていく……。

不定期です。

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