4 side神津武明
偶然だった。
煩わしい義理ごとが片付き、息抜きのつもりで隣の喫茶店へ行こうと、会社を出ようとした時だった。
入り口のガラス扉の向こうに、小さな物体がいた。
(子供か?)
しゃがみこんでいたものが立ち上がり、背広を着ていたことから、大人なのだとは分かったが・・・
(小さい上に、顔の造作も幼い)
真剣に手の中のものを見つめている様子に、それが財布なのだと気がついた。
だがそれは、ただ見つめているのではなく、財布を睨み付けている。
(盗むのか?)
安っぽい財布だ。たいした額は入っていないだろう。
だが、彼がどうするのか見てみたいと思った。
睨み付けていた視線が憂いを帯びたものに変わった。
(どこへ・・・・・・・あぁ、交番か)
歩き出した彼の行き先に思い至り、思わず笑みが浮かぶ。
気まぐれに後をつける。
無遠慮な太目男のせいで、素っ頓狂な声が上がった。
「かっ返せ!それは俺の財布だ!」
「あ、あぁ、そう、そうでしたか。はっ、はい、どうぞ、落し物、です」
泥棒扱いされて顔を強張らせたというのに、幼い彼は反論するでもなく財布を差し出す。
礼儀のなっていないこの太めに軽く仕置きぐらいはしてやろう。
そう思えるくらいには、純朴そうな幼い顔の、この男が気に入っていた。
「・・・・・・信じるのか?」
「え?ええ、信じま・・・・・・!!・・・えっ?ええ?」
見上げてきた彼は、特に綺麗な顔をしているわけではない。
だが、幼い顔が170に届かないだろう小さな体には似合っていた。
「俺の財布だと言って取り上げるつもりかもしれないぞ」
「あぁ・・・・・・それは良く分からないんだけど、このまま、交番に届けるつもりだったし、持ち主が
見つかったのなら、探していたはずだから良かったなと思って。・・・それに・・・・・・」
「・・・・・・こ、こんな分厚いの、怖くていつまでも持っていられません!」
良かったなと素直に口に出したかと思えば、首筋から耳まで真っ赤になって俯く。
女ではない。小柄で童顔だが、確かに男。それでも―――悪くない。
無言のまま、邪魔な太目男の排除を命じる。
「今日の予定は?」
と尋ねれば、仕事を探しているのだと正直に答えてきた。
捕らえるための策も必要がないのなら都合がいい。
早々に彼をマンションへ連れて行く。
晃が20歳だとは驚いた。
南が、穏やかそうな顔を利用して知るべき情報を聞き出す。
口を挟むことなく聞き眺めるのが、常だ。
しかし、仕事はおろか、住むところもないとは穏やかじゃない。
聞き出したあとは南が調べるだろう。害を及ぼす存在があれば消すだけだ。
今はただ待っていればいい。
移動の車中で南が提案する晃向けの雇用契約に頷く。
「気づかれないようにガードをつけておけ」
そばに置くと決めたのは、直感だった。だがそれは、初めてのことだった。