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黒塗りの高級車に乗せられて連れて行かれたのは、高級マンション。
(すっすごい・・・億ションってこんな感じなのかな)
オートロックも初めてだが、明るく広々としたエントランスに見蕩れてしまった。
行き先階がひとつしかないエレベーターは、鍵と暗証番号で動き出した。
揺れを感じないエレベーターを降り、キョロキョロと見渡したフロアには、部屋はひとつだけだった。
(信じられない・・・)
ようやく到着した部屋の玄関を開け、靴を脱ぎ、まっすぐ突き当たりの部屋に通される。
そこはとても広く明るかったが、ひどく殺風景なリビングだった。
ソファーに座るよう促され、コーヒーが目の前に出される。
ひと通りいきわたると、エリートの横にずっといた男が話し出した。
「さて、まずは初対面ですし、自己紹介といきましょうか。私は南。彼の秘書をしています。
今後は度々ご連絡することもあるでしょうから、よろしくお願いいたします。そして彼は、神津武明
(こうづたけあき)。神津産業の社長です」
「・・・・・・やっぱり」
「何がだ」
車に乗ってから一度も口を開かなかった彼・神津が尋ねてきた。
「う~ん、エリートだろうなって思っていたから。だから、やっぱり社長なんだって思って・・・・・・あぁ!
ご、ごめんなさい!社長さんなのに馴れ馴れしい言葉遣いで。あの、お、俺、違った、私は宮前晃
(みやまえあきら)、20歳です」
「「「え?」」」
目の前の二人とキッチンから合わせたような声。
「・・・・・・本当です」
この童顔のせいで、いつもこんな反応だ。
分かってはいても凹みそうだ。
「大人なら問題はない」
ゆったりと構えたままの神津を見つめる。
いつもなら、信じてもらえないか、「子供にやらせる仕事はない」とすげもなく断られるかだ。
そう言われたのは初めてだった。
思わず笑顔が浮かぶ。本人も忘れていた、久しぶりの笑顔だった。
後日、雇用契約書を取り交わすことにして、彼らは帰っていった。
今、この広いマンションに1人きりだ。
与えられた部屋に入り、とりあえず、僅かながらの荷物を片付ける。
「・・・俺、本当に住み込んでいいんだよな・・・」
あまりの幸運に、不安が持ち上がってくる。夢じゃないかと。
中卒者への求人の無さは、社会に出ると決めたときから分かっていた。だから、それは我慢できた。
しかし、首になり、住むところを失ってからの苦労は想像を超えていた。
街中にいても誰とも話をすることもない孤独。
朝起きたときから、夜どこで寝ようかと考え続ける毎日。
人目を避けて眠りについても寒くて怖くて、よくは眠れなかった。
中卒で断られ、卒業証書で成人だと証明しても見た目で断られ、上手くいっても、最後は住所不定で
断られる日々。
だから、今はこの仕事に縋るしかない。
「ぐだぐだ考えても仕方がない。試用期間3ヶ月って南さんが言ってたし、やるだけやってみよう。」
今なら住所もできたんだし、万が一のことを考えても3ヶ月の間に仕事は見つかるだろう。
そう気持ちを切り替えることにして立ち上がり、キッチンへと向かった。
(今夜の夕飯は何にしょうかな~)