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「・・・・・・信じるのか?」
「え?ええ、信じま・・・・・・!!・・・えっ?ええ?」
いつの間に居たのか太めの男の横に、野性的な雰囲気の漂う、男らしい整った顔の男がいた。
しっかりと顎を上げていなくてはならないほど背が高く、俺との差は20センチはありそうだ。
エリートに見えるその男の背広は濃すぎるようなダークグレーだったが、目の前の太めのものと
は明らかに違うツヤがあった。
呼吸の度に鼻をくすぐる仄かなフレグランスが、彼をさらに高級な男なのだと教えてくれる。
(うわぁ、カッコいい・・・・・・って、アレ?嘘、なのか?)
「俺の財布だと言って取り上げるつもりかもしれないぞ」
俺の疑問がわかったのか、彼は問いの趣旨をそう説明してくれた。
「あぁ・・・・・・それは良く分からないんだけど、このまま、交番に届けるつもりだったし、持ち主が
見つかったのなら、探していたはずだから良かったなと思って。・・・それに・・・・・・」
何だか恥ずかしくて最後まで言えず俯いてしまったら、彼が覗き込んで先を促してきた。
「それに?」
「・・・・・・こ、こんな分厚いの、怖くていつまでも持っていられません!」
沈黙
叫んでしまった。顔が上げられない。どう見られているかなんて、想像もしたくない。
(言わなきゃよかった)
そう後悔し始めたとき、ごく小さな声が降ってきた。
「・・・悪くねぇな」
「え?」
よく聞き取れなくて、顔を上げて見つめても2度は言ってくれず、かわりに
「今日の予定は?」
そう尋ねてきた。
「予定って・・・」
予定もなにも、俺にはハローワークへ日参するしか、することがない。
「何も。住み込みの仕事を探しにハローワークへ行くだけです」
エリートの彼に言うのは恥ずかしかったが、嘘なんてすぐにばれること。
それに、嘘もなにも、俺にはソレしかなくて、恥掻きついでだと、開き直ってもいた。
ただ、彼がなぜ俺の予定を気にするのか、とか、彼が今初めて逢った人なのだ、とか、そもそもの
落とし主である太目の男がもういない、という、根本的なことには気づかずにいた。
「住むところがないなら、来るか?」
「え?」
「家政婦なら空きがある」
棚からぼた餅
地獄に仏
正直者には福がある。きっと!
「やります!やらせてください!」
どんな仕事でも構わなかった。
だから、気まぐれに差し伸べられた手であっても、離したくなかった。
勢い込んで答えた俺を見ても、彼には動じる様子がない。
「1人暮らしの庶民料理しか作れませんけど、がんばって覚えますから、ぜひよろしくお願いします!」
「・・・契約成立だな」
そう言って踵を返し大股で歩く彼を、俺は走るように追いかけた。
ただ、成立と言ったときの彼がニヤリと笑ったのが、少しだけ怖かった。