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コツン
何かに当たったようだ。
見下ろした足元に革製品。
縦10センチ程度
横20センチ程度
厚み・・・・・・
「・・・・・・財布?」
物体としては小さいはずなのに、巨大に感じるその財布に、しばらく手が出せなかった。
中卒で社会に出た俺は、不景気で首になり、寮を追い出されたのが一ヶ月前。
捨て子だった俺には頼れる身内なんて無い。友人だって似たり寄ったり。
まあ、施設のOBで頼っても大丈夫な人が1人いるにはいるんだが、どうしょうもなくなるまで、
頼りたくはなかった。
今よりもっと辛いときがあるんじゃないかと思うと、最後の手段は、その時までとっておきたい
なあ、と思っているからなんだが、はぁ、正直しんどい。
俺は今、ほとんどホームレスと化している。
スーパーからダンボールを拝借して、人目もなさそうな公園の隅で夜を過ごしている。
でも、同じホームレスに仲間がいないから、取り置きしたつもりのダンボールは、昼間のうち
に無くなったし、ダンボールが手に入らない日もあって、そういう時は建物の影で眠った。
スポーツバックひとつの荷物と金が全てで、少しづつ使って生き延びるている。
昨夜は運良くネットカフェに入れた。
久しぶりにシャワーも浴びることができたし、温かな毛布にも包まって眠ることができた。
気分は上々。ハローワークへ向かう足取りも軽やかだったりする。
懐は寂しくなる一方だが、些細なことでも、まだ笑っていられた。
しゃがみこんで、躊躇しながらもソレを手に取り眺める。
「いったいいくら入ったら、こんな分厚くなるんだよ・・・・・・」
困窮している俺には妬ましいほどの厚み。
これだけあれば、何ヶ月分か先払いすることで部屋が借りられるかもしれない。
住所ができればバイトぐらいは見つかるかもしれない。
ネコババしたいって強烈な誘惑を堪えながら、俺は財布を持って立ち上がった。
2ブロック先にある交番を目指して歩く。
(落し物として届けよう)
元来小心者の俺が出した結論だ。
ほんの一枚抜き取ることすら、ドキドキして出来そうになかった。
(絶対、後で後悔して夢に見てしまうし)
それに、犯罪を犯すくらいなら、恥を忍んでOBのところへ行ったほうが良い。
貧乏だから盗んで良いってことにはならないんだから。
「おい」
「ひゃあ!」
突然肩を叩かれて、飛び上がらんばかりに驚いた俺は、変な声を上げてしまった。
「かっ返せ!それは俺の財布だ!」
目の前に現れた太めの男は、掴みかからんばかりの勢いだ。
途端訪れる寂寥感に、思い出したくなかった記憶が蘇り、俺の顔は強張る。
「あ、あぁ、そう、そうでしたか。はっ、はい、どうぞ、落し物、です」
なんだかスラスラとは言えない。でも、辛うじてそう返事をして彼に手渡した。