新世界と盗賊討伐
「ここが俺がこれから生きる別の世界・・・・・・か」
今、俺の目に映る景色は今まで過ごしてきた世界ではなく、それは全く異なる世界がそこには広がっていた。
不思議なもんだな。
ものの15分ぐらい前だろうか、いやもっと短い時間だろうか、俺は別の世界で早朝ランニングをしていてその途中で飛び出して来たトラックに跳ねられた。
そして偶然と気まぐれの女神に命を落とす前に命を拾われた。
ただし、生き続ける条件として2つの選択肢を与えられた。
1つは今まで過ごした世界に戻ることはできるが希望が見えない現実を背負い生きる事、もう1つは今までの経験を引き継ぎ体と心を別の世界に移り、新たに生き続ける事。
この2つの条件の中に俺が望んでいた選択肢はなかった。
だが、俺はこの選択肢の中から自ら別の世界で生きるという選択肢を選んだのだ。
今までの生活してきた世界から別の世界で生きていくという大きく人生を変える選択はあまりにも短すぎる時間の中で選んだ。
刹那と言えるほどの時間の中でその選択肢を選んだ理由は2つある。
1つはただ純粋に生き続けていたいこと。
もう1つはこれまで続けてきた格闘技をまだやりたいと願ったからだ。
異世界で生きていく選択肢を選び、ここへ意識を失った状態で飛ばされてからどれだけ時間が過ぎたのかは分からないが、意識が先ほど戻ったところだ。
いままで過ごしてきた日本の景色はなく、辺りには草と木々が生い茂げた平原が広がっている。
とりあえずこの景色を見て困ったことがある。
格闘技のみを一筋で生きて来た俺にとってサバイバル生活なんてやったことがない。
よくマンガとかでは山籠もりとかのシーンはよく盛り込まれているが、滝行ぐらいしかないので食べられる野草を見極めするスキルなんて勿論ない。
ここで悩んでいても仕方ないので人がいるところを探してみるしかないか。
そもそもこの世界に人がいるのかは分からないが・・・・・・。
ああそういえば、この世界に来る前に女神から新しい力をくれたとか言ってたことを思い出した。
だが具体的に説明を聞いていなかったのでどんな力なのかは分からない。
試しに全力疾走してみることにした。
いざ、走り出してみると・・・・・・
「なんだこれ・・・・・・!」
早く体が動く、それもとてつもない速さで100メートルくらいを走り抜いた。
この早さは人間が超えれるような早さじゃない。
この後も色々と身体能力の実験を試し、垂直跳びで自身の身長の5倍ぐらいの高さまで飛び上がることができたり、地面に転がっていた少し大きめの岩を正拳突きすると拳に多少の痛みは残るが見事に割るたなど人間離れした身体能力を手にしていた。
恐らくこれが女神から与えられた力であると思っていいだろう。
俺はこの力に感動を覚えたと同時に、突然手に入れた強大な力を使いこなせるのだろうかと少しの不安を覚えたが、この力をうまく使いこなせるようになるには今まで通り鍛錬を続けるしかないだろう。
練習がどれだけ自分を進歩させるのかを俺は知っているからこそやる価値がある。
思い立ってからあれこれ妄想を膨らませていくと最終的に妄想のままで終わって痛い目にあったことがあるので思い立ったらまず実行に移していこう。
今後、俺自身が何をするかの計画は決まったことだし次にこの世界に人がいるか探す旅に出ることにしよう。
探すとなれば川辺か水のある所だな、ここを抑えておけば何かしら人の気配はあるだろう。
だが今のところ辺りを見回してもそれらしき場所が目に入らない。
うーん困ったと思った時、目を細めて遠くを眺めると山らしきものが見えた。
あの山を登ればこの一帯の地形が見られるだろう、まずはあの山を目指して歩を進ませることにした。
山の頂まで距離的には近いわけではなかったのだが驚異的な身体能力を手にしたおかげか小休憩を挟まずすんなりと山の頂へと到着することができた。
改めて辺りを目を凝らし辺りを探してみると小さな森が見え、その先に建物らしきものが見えた。
大きさ的に街と言えるほどの大きさであり距離を推測するとこの場所からおおよそ20キロメートル先ぐらいにある感じだ。
まずはあの森を目標として向かえば方角を間違えずにあの街に行けるだろう。
日が暮れるにはまだ早いだろうし、20キロ程度の距離を走るのは今までの体力からしても問題ない、更に今の体なら今まで以上に早くあの街に着けるだろう。
早速山を一気に下り森へと向かって走りだした。
ランニングの速さは以前の俺が短距離で全力疾走するほどの速さで走っていたスピードでランニングしており、いつバテるのか俺でさえ分からない程だ。
しばらく走っていると人が通っていると思われる道が見え、その道は目的としている森へと繋がっており整備も行き届いているところからみるとこの道は頻繁に使われているようだ。
その道を辿り小さな森へとひたすら走り続け1時間もかからないうちに森の入口へと到着した。
生い茂る木の背は高く、更に木と木との間の密度が高く中はかなり暗いものであったが、辿ってきた道は森の中へと続いていたのでこのままこの道を辿れば山の頂で見えた街へといけるであろう。
俺は少し体を休め、ストレッチした後この暗い森へと入っていった。
いざ中へ足を運んでみるとかなり暗い、日光を遮断しているせいか温度も森の外に比べると2度か3度も下がっているようで若干の寒さを感じる。
ちなみに俺の服装は向こうの世界で着ていたランニング服のままこの世界に飛ばされたので汗をかいても発汗して熱を保ってくれるので多少の寒さも割と心配はない。
まさにスポーツウェアとは機能性の塊でできた服だと改めて感心する。
道があるとはいえ、この暗い森の中を走り続けるのは案外危ないので歩いて森の見回すと小動物が木の上で動いているのが見える。
リスかモモンガだろうか?それっぽい小さな動物がいるのは分かるがあまりはっきりと見えないのでなんともいえない。
このまますんなりと森を抜け出せるかと思っていたが俺はある危険に直面してしまった。
「おい、お前そこで止まれや!!」
男の声が聞こえてくると俺の周りにぞろぞろと男5人ほどが取り囲んでいた。
格好はバンダナを巻き片手には剣だろうか、切っ先が鈍く光り物を切るには問題ないと思われる鋭さがある。
男5人はどいつも目つきが悪くいかにもゴロツキといった連中だ。
俺は素直に男の指示通りその場に止まり様子をみることにした。
「お前旅の奴か?変な服着てちょっと高そうじゃねーか?あぁん。俺たちが何者かわかるだろう?俺たちゃここらで有名な盗賊だ。殺されたくねぇならお前が来てる服と有り金全部置いていきな!そうしたら命だけは助けてやらんでもないがなぁ」
たったいまこの世界にも人がいることが分かったが最初に会った人が盗賊とは運がない。
そして俺は今の言葉が嘘であると思った。
俺が服を脱いで命乞いをしたとしてもこいつらは俺を殺すだろう。
この感覚は前にもあった。
前の世界で俺は一度不良に金をよこせとナイフをちらつかせながら絡まれたことがあり、あまり関わりたくなかったので有り金の半分程度を渡して去って貰おうとしたところ金が少ないと理由で殴りかかってきた。
当然俺はそんな不憫な理由でやられる訳もなく殴り返し追い返した経験がある。
やつらはその時の不良と同じ目をしている、何かを渡しても更に付け上がり結局は片手に持っている剣で俺を殺すであろう。
やつらの目を盗んで逃げてしまうか、いや恐らくやつらの運動能力は見た目以上にあるかもしれないし地の理がやつらが上だとすぐに追いついてしまうだろう。
刃物を持った相手をするのは初めてではないが、奴らの目は不良達とは違い本当に殺しをしてきた目をしている。
殺されるという恐怖からか手に汗が滲んできている。
それでも俺は今ここで死にたくはない、俺はまだ格闘技を続けていたいと願ってこの世界に飛び込んだのにこんなところで終わりたくない。
俺は深く深呼吸をして心を落ち着かせ恐怖を払い、そして静かにこぶしを作り構えた。
「おいおい、お前何も武器も持たないで俺たちとやりあうつもりか?無駄だ無駄だ!大人しく言われた通りにしやがれ。それともさっさと死にてぇのか?」
「兄貴、もしかすると奴は魔法を使えるかもしれませんぜ。あの服装、俺は見たことがありませんぜ。もしかすると魔法衣かもしれませんぜ」
子分らしきやつが脅しをかけてきた男に話をしている。
あいつがこのグループの親分ということか。
「ふん、あれが魔法衣だったとしても杖も魔道具もつけていねぇ。ありゃ張ったりだ。杖を持っていない魔法使いなんて敵じゃねーんだよ俺たちにとっちゃよぉー」
俺は構えたまま、5人の盗賊をにらみつけて待ちかえていると盗賊の親分が痺れを切らしたかイラついて俺に言ってきた。
「おいてめぇ、俺たちゃ気がみじけぇんだ。いいか?これが最後の警告だ。いま大人しく服を脱いで金よこせば命は助けてやる。そうでなけりゃお望み通り殺すことになるぞ」
盗賊の親分は剣を俺に突き付け最後の警告を言い始めた。
だが俺は構えを崩すことなく「断る」と一言言うとついに盗賊どもは武器を構え動き出した。
「てめぇの答えがそうならお望み通り殺してやるぜぇ!お前らかかれや!!」
声を荒げ盗賊どもが俺に向かって切りかかってきた。
同時に俺は腰を低くし構えた拳を顔の高さまで上げ迎え撃つ体制になった。
一人目の盗賊が剣を振り下ろし切りかかる。
俺はギリギリのところで左足を体の外側にずらし剣を交わした。
剣を振り切った盗賊の真横に入るとすかさず右の拳でストレートを腹に一発浴びせた。
その瞬間、盗賊の男は後ろへと吹っ飛び倒れこんだ。
休む間もなく背後にはもう一人の盗賊が剣を振り下ろそうとしていた。
すかさず俺は左足を軸に重心を置き、右足を背後に向かって回し蹴りを浴びせた。
右足が盗賊の胸を捉えアーチを描くように遠くへぶっ飛んでいった。
更にその横から3人目の盗賊が剣を寝かせ切りつけてくる。
俺は飛び上がり空中でひねりを入れながら切りかかってきた盗賊の背後に着地した。
そしてそのまま上顔めがけて段蹴りを放ち見事に盗賊を顔を捉え吹き飛ばした。
人間離れしたその身体能力に残った盗賊2人が驚愕し立ちすくんでいる。
驚いたのは盗賊だけじゃない、俺自身も驚異的な破壊力と身体能力に驚いている。
「あっ兄貴ィ~やっぱりあいつ魔法使いですぜ!強化魔法を使ってやがる、間違いねぇ!!」
「チッ体内に魔石でも潜めていやがったか?だがなぁ俺にとっちゃ何の問題でもねぇな」
「もしやあの石を使うんですかい兄貴ィ?」
「おうよ、多少の金は飛ぶがさっきのやつの能力の高さを見ればわかる!ありゃこの石の倍以上の価値ある魔石を体に埋め込んでるはずだ」
親分の盗賊はゴソゴソとポケットから野球のボールサイズの石を出して俺に見せつけた。
「おいてめぇ!俺のかわいい子分を痛めつけてくれたなぁ!!これが何だかわかるか?」
「ただの石にしか見えないが?何かの石か?」
「ヘッ!この石を知らねぇとはとんだマヌケ野郎だな。これはなぁジャマーストーンっていう石よ。こいつを半分に叩き割ると一定の間は半径10メートルの範囲に対して魔法を乱し発動できくなる代物よ!」
魔法?一体何のことを言っているのか分からない。
ただ俺は来た敵を迎えてただ殴っただけだ。
俺の知っている魔法というと詠唱とかなにか手順を踏まなければ発動しないんじゃないのかと思っていたがあれは物語の魔法の使い方か・・・・・・。
女神からもらった力が魔法の力だとしたらこれは結構マズイ話だ。
「さすが兄貴ィ!これでてめぇの強化魔法は一切使えねぇ!悪いが死んでもらうぜぇ!」
躊躇いもなく親分の盗賊は石を叩き割るとキィィンと金属が擦れるような音が森の中に響き渡った。
叩き割ったということは今この時から魔法が使えないということか。
特に俺の体に変わったことはないが俺自身が分かっていないということもあり、先ほどから緊張から噴き出る汗が一層と増えて呼吸も荒くなってきた。
そして盗賊の子分が俺を切りかかりに動き出した。
「これでぇてめぇは終わりだぁ!さっさとくたばりやがれ!!」
俺の頭を叩き割るかのように勢いよく剣が振り下ろされる。
だがしかし盗賊の子分は判断を誤ったのだ。
例えこの力が魔法だとしても俺の拳が封じられた訳ではないことに気付いていなかった。
先ほど盗賊を吹き飛ばした時も魔法の力関係なく、今まで格闘技で培ってきた経験が体を無意識に剣を交わしカウンターを入れたに過ぎないことを。
振り下ろされる剣をギリギリの距離で体を反って交わし、そのまま右の拳を盗賊の顔目がけてカウンターを放った。
その瞬間、盗賊の顔からボキッと骨が折れるような鈍い音を響かせ遥か後方へとぶっ飛んでいった。
盗賊から魔法の力だと思われていたこの人間離れした力は魔法によって強化されたものでなかったのだ。
一時はどうなるかと思ったが4人目の盗賊を倒すことに成功し「ふぅー」と息を漏らした。
残る盗賊の親分だけ、気を緩めることなく俺は残る盗賊の親分に向かって拳を構えた。
残り一人となった盗賊の親分の顔がいつの間にか青ざめている。
ジャマーストーンで魔法を封じ勝ちを確信していたのだろう、だが子分が吹き飛ばされるという予想外の自体により焦りだしているのだろう。
「そっそんな馬鹿な・・・・・・確かにジャマーストーンを発動させたのにハズなのに・・・・・・化物めぇ~!」
俺に勝てないと悟ったのか盗賊の親分は殴られた子分を見捨て一人森の奥へと逃げようとしている。
あまりにも予想外な出来事に一瞬俺はポカンとしていたが、すぐに我に返り追いかけようとしていた。
その時だった。
「やっと見つけたわ、先客に越されちゃっけどもまぁいいわ。いつも逃げ足だけは早い貴方も今日でいよいよ終りね」
盗賊の逃げる先から女の声が聞こた次の瞬間
「グホォ!!」
盗賊は低い声を出しその場に倒れこみ動かなくなっていた。
太陽の光も入らないほど暗い森のせいで突然盗賊が倒れこんだのかよくわからなかったが、目を凝らしよく見ると倒れた盗賊の先に人の影が見える。
暗さのせいでその人の姿をしたシルエットにしか見えない。
そして人らしきシルエット影は盗賊が伸びていることを確認すると、俺のいる方向へ徐々に歩み寄って来た。
そしてその姿がはっきりと見える位置まで来た。
「見たことのない格好の人ね。旅のかしら?それにしても助かったわ、あの盗賊いつも逃げ回ってて手を焼いていたんだけどもやっと捕まえることができたわ」
俺に話しかけてきたのは今まさにその影の正体であり、それは剣を片手に持った少女だった。
その姿はこの暗い森の中を明るく光放つような金色の長い髪。
三つ編みで結った髪をリボンの代わりにしてポニーテールとした髪型で腰まで降りてきている。
首に青いスカーフが巻かれ黒いシャツに黒のスカートと暗めの服装であったが、その上から何一つ汚れのない真っ白なコートを羽織り存在感を引き立てている。
剣を片手に持つ少女の顔は凛とした蒼い瞳、誰もが可愛いというであろう美しいその容姿は妖精のような煌めく少女が俺の目の映っていた。