お願い妖精
衣先生先導のもと俺達は街中を歩いていた。
城下町と呼ばれるこの場所は、店が多く立ち並び、露店なども見受けられ、活気と光に満ち溢れていた。
遠くで夜闇に浮き立つ城を眺めながら、俺はこれがゲームの中とはいまだに信じられずにた。なにせ、道行くNPCも俺達と変わらない人間しか見えないのだ。姿だけならまだわかる。しかし、自然で流れるような動きは、声は、表情は、いずれも俺が知る人間そのものである。
「なるほど、お兄さんはNPCとPCの見分けがつかないんですね」
「まあな。リアルというより生活感があるというか」
「それは、NPCが実際に働いて食事をして生きてるからだと思いますよ。三大欲求が再現されたこの世界では、彼らも食事をしなけらば死んでしまいます。魔法が使えないという条件こそ違えど、私たちとの違いなんてたいしてありません。私でも見分けはつきませんしね」
「へえ、じゃあ皆生きるのに必死、てわけだな」
衣先生からの説明から察するに、NPCだからといって無下に扱うとひどい目にあいそうだ。数でいえば圧倒的にPCよりNPCが多く、生活の基盤を築いてているのが誰かという話だ。
「ははは、そう必死なんですよ。皆、必死なんです」
衣先生がよくする乾いた笑いだった。自分に言い聞かせるように何度か頷き、俺を見上げ、視線をやや横にやり、
「あの、お兄さん。話は変わりますが職業を……えっと……」
声は途中で途絶えてしまう。
なんだろう。今更になって年上である俺に遠慮でもしてしまったのだろうか。最初こそ主導権を握られることを嫌った俺だが、博識な衣先生が今のように先導してくれた方が楽でいい。
「いいぞ。衣先生が決めてくれ。どうせ俺が適当に選ぶよりよさそうだしな。頼りにしてるぜ」
努めて笑顔で、ダメ発言。小学生に頼るとかマジかっこ悪い。これではどっちが護衛をしているのだかわかなくなる。
衣先生も「……あ」と声を漏らしてドン引きしているし、もっと言いようがあったかもしれない。
「お兄さん……御免なさい。実は私……」
「お願いします!」
衣先生が何か言いかけたが、街道から聞こえる大声にかき消されてしまう。
声のほうに目をやると、羽をはやした小さな女の子が空を飛んでいた。そう、小さいのだ。
サイズとしては手の平に乗せてしまえる程である。風のように流れる長い栗色の髪。その隙間から透明な羽が忙しなく羽ばたいているのが見える。
俺の知識が正しいのならば、あれは妖精という生き物ではないだろうか。
「なあ、あれって」
「妖精ですね。ここ最近、城下町でよく見かける娘ですね。私たちは彼女の事を『お願い妖精』と呼んでいます」
「なにそれ、願いを叶えてくれるの?」
俺は道行く人に「お願いします。お願いします」と、涙目で飛んで回る妖精を眺めながら訪ねる。
「逆です。彼女が願いを叶えてほしいんですよ」
いまいちよく分からないので首をかしげる。
「妖精は私たちと同じように魔素で構成されています。ですが、妖精の寿命はとても短く1年だと言われています。まあ、妖精は基本知能が低いので、簡単に犬猫に食べられて実質は数日の命なんですが」
「なにその最弱生物。簡単に絶滅しそうなんだけど」
「魔素がある場所ならポコポコ誕生しますから絶滅の心配はないですよ」
なんだか昆虫みたいに湧き出るイメージしか湧かないのだが。
「普通の妖精なら寿命で、自分の魔素が枯渇する直前まで気づかないんですが、彼女はある程度ですが知性を持った妖精みたいです。自分の死期を予感して、ああやって自分を助けてくれとお願いしてるんですよ。使い魔契約をすれば、主から魔素供給ができて枯渇による消滅を阻止できますから」
「なら、使い魔契約やってあげればいいじゃん」
「使い魔契約は一人一体しかできません。妖精はお世辞にも強い魔物ではありませんし、同情で契約をする人なんて少なくてもPCにはいません」
この世界でぬるい優しは毒でしかないと衣は呟き、「さあ、行きましょう」と、歩き出す。
俺も思うところはあるのだが、結局はその小さな背中を追いかけて歩き出す。
後ろでは、「お願いします! 誰か私と使い魔契約を! お願いします!」と、お願い妖精が、誰にも届かない声を上げ続けていた。