仮想世界でプレイヤーは
ステータスの概念がなく、死の条件は現実世界と変わらない。
そんな話を衣、小さな少女から伝えられ、俺は思った。
ひたすらにめんどくさいと。
「マジで? そっかー、結構簡単に死んじゃうなー」
衣を守らないといけないとなると、結構シビアなゲームだな。
ふと気を抜いただけで、俺も衣も死んでしまいそうだ。
「……やけに軽い反応ですね」
「ん? そうか? 普通の反応だと思うけど」
だって、これはゲームでしょ。
俺日本人だから大げさなリアクションとか苦手なんだよね。
「普通ですか……確かに普通ではない状況ですからね」
「ああ、鬼畜の極みだぜ」
ヘッドショットを決められたら死んでしまうゲームなんて、小さなお子さんには難易度高すぎである。
衣も同意したようにうなずき、サンドイッチを小さな口ではむはむする。
「では次に、世界設定ですね」
衣先生が咳払いを一つして、机の隅に立てかけられたアンケート用紙を裏返し、鉛筆を走らせる。
「私たちプレイヤーは、転生者、もしくは異世界召喚者と呼ばれています。なんでも現代日本からファンタジーな世界にやってきたという設定らしいのです。私やお兄さんが、現実世界の服を装備していたのは、設定上の演出みたいですね」
言われてみると、衣先生が羽織った黒ローブの下は、日本のませた小学生が着ている小洒落た洋服である。本当に芸が細かい。
「さらに、私たちはタンパク質ではなく、魔素という謎物質で構成されています。あ、それでも人間の内臓器官などはきちんと再現されいますよ。食事もできますし、切られればちゃんと血もでて……とても……痛いです」
「え? 痛覚あるのかよ!?」
「ええ、それに空腹などの人の三大欲求も完全再現です。お兄さんも腹ペコで道端で倒れないように気を付けてください」
このゲーム色々とやばくないか? いくら仮想世界でも、痛覚はやばいだろ。ちゃんと現実の体に影響がないか調べたのだろうか。
「まあ、一見するとただの人間が魔物が蠢く異世界に放り出されたみたいですが、きちんと救済措置もあります」
「体が魔素で構成されている……て、所か?」
「察しがいいですね。私たちは人間よりも精霊や妖精に近い存在です。つまるところ、この仮想世界で暮らすNPCは普通の人間で、魔法は一切使用できません。しかし、私たちプレイヤーは体が魔素で構成されているため、魔法を使うことが可能なのです。そんな大きなアドバンテージをもつプレイヤーは冒険者となり、魔物を討伐しながら世界を救う。と、まとめれば、なんとも単純なゲームです」
ただし、と衣先生は付け加える。
「それは大まかな設定です。魔法の定義について殊更単純ではありません。まず、ステータスの概念がないので、レベルアップなんてものはありません。プレイヤーと同じく魔素でできている魔物を倒し、魔素を取り込むことで、自身の魔素量を水増しすることは可能です。ですが、生き残るには何よりも魔法を覚えないといけません」
「魔導書をもらったりとかすればいいのか? もしかして長々と詠唱を覚えたりとか? それはきつ……」
「お兄さん、甘すぎます」
衣先生、顔が怖いです。
「ただ詠唱を覚えるだけはダメです。魔法の発動に必要な知識、天候、気流、物質、世界法則をもとに理論を組み立て、魔素の制御をしなければいけません。軽く科学者の領域に足を踏み入れていますよアレは」
「おいおい、冗談よしてくれよ。現実世界の勉強だってろくにできていないのに、ゲームで勉強、てふざけすぎだろ」
俺は机に突っ伏して泣き言を言ってみる。
「情けないですね。愚痴は実際に魔法を習ってから言ってください。本当に難しくてはじめは失敗しかしませんからね。それで、」
スパルタな衣先生はティーカップをおいて、
「お兄さんはどの職業になるんですか?」
ゲーム設定だけで頭がパンクしそうな俺に、課題を突き付けるのだ。
衣先生。俺、ニートでいいですか?