ログアウトの条件
「ついてきてください。城の中も広いですから、はぐれたら道に迷ってしまいますよ」
衣は釣竿を折り畳み、歩き出す。
「ははは、迷うわけないだろ」
俺は衣に続き、扉が開いたままの無防備な城門をくぐり、煉瓦が敷かれた大きな通りを歩いていく。
そして、三十分後に自分の居場所を見失った俺がいた。今城のどのあたりを歩いているのか、まったくわからない。
「広すぎだろこのマップ。もう少しどうにかならなかったのか」
「仕方ないですよ。この城の形をした施設は、プレイヤーの衣食住を賄う場所ですから」
衣が説明してくれたように、さながら一つの都市である。広大な庭と称する草原には、塔がいくつも立ち並び、民家のような建造物が立ち並んでいる。ここに来るまでには市場もあり、商人たちが活気にあふれて商売にいそしんでいた。
「食べながら説明しましょう。この学食は安くてそれなりにお腹も膨れますから」
衣がそう言って指さす先には、学食と看板が掲げられていた。
「なんで学食?」
ここ城の中でしょ。
さらに西洋風の作りの店なのに、日本語で看板を出されては雰囲気がぶち壊しのような気がするのは俺だけだろうか。まあ、わかりやすくていいけどさ。
「……まとめて中で説明します。本当になにも知らないんですね」
呆れる衣に促せれるまま店に入り、適当な席に着く。
「さて、まずはゲームの種類について説明しましょう」
「おう、てか種類?」
疑問符を浮かべる俺に、衣はやはり知らなかったのかと、ため息をつく。
「お兄さんは、ゲームをするとき本体を買うだけでプレイできると思いますか?」「いや、ソフトがないと遊べないだろ」
俺はテーブルに広げらた料理を頬張りながら当たり前の回答をする。
「そうです。このフルダイブゲームも発売と同時に五つのソフトが発売されました。ゲームタイトルは……」
変身ヒーローになって戦う『主人公の多すぎる世界』。
ゴーレムと呼ばれるロボットに乗って大地をかける『スクラップフェイス』。
勇者になって剣を振るい、打倒神を目指す『鬼人戦争』。
現代日本を舞台に霊能力や超能力で殺しあう『牢獄街道』。
そして、
「今、私たちがログインしている、魔法だけの世界『魔Aズ』です」
衣が背伸びして注文したコーヒーに角砂糖をごっそり入れる。
「ふーん、魔法しかないってのは?」
「言葉の通りです。剣や弓も存在していますが、魔法を使わなければお話になりません。例えばお兄さんはペーパーナイフと無反動の機関銃でしたらどちらを選びますか?」
「そりゃ、無反動の機関銃……かな」
無反動の機関銃なんて存在するか知らないけど。
「それぐらいこのゲームでは、魔法が強力ということです。剣や弓も魔法を付加しなければ、ダメージも通りません。むしろ剣に魔法を付加するぐらいなら、直接火球とか相手にぶつけたほうが効率的です」
確かに、剣に魔法を付加して攻撃と二度手間である。
随分剣にやさしくない設定である。
「そして、気を付けないといけないことがあります。五つすべてのタイトルにいえることですが、ステータスの概念が存在しないことです」
「待て、だったらどうやって魔力量とか確認するんだよ」
「そこは普通に測定する施設があるので問題ありません。それより、体力ゲージが存在しないことが問題なのです」
ゲームにおいては、プレイヤーの生き死にを分かつ重要な数値が確認できない。
それは、ただの欠陥品ではないだろうか。
その旨を伝えると、衣は残念そうに首を振る。
「私も貴方も、どうすれば死亡判定を受けるか、すでに知っているはずです」
「いや、しらんがな」
「知ってるんですよ。現実世界でいやというほど見ているじゃないですか。人はですね……」
絞殺、圧死、焼死、凍死、出血死、病死、窒息死。
あらゆる死に方があるのだと、せせら笑い語るのだった。