遊戯な依頼
「簡潔に述べると、人探しです」
本の群れから封筒を引っ張り出し、逆さに振って写真を数枚床に散らばす。
丁寧に扱えよ。大切な資料だろうが。
視線で訴える俺をさらりと無視をして、地べたに座りなおす鬼姫様。
「依頼人ですが、たぶん父親でしょうね。無精ひげの冴えなさそうなおっさんでした。そこに写っている娘さんを探してほしいそうです」
めんどくさいが、仕事である。
俺は重たい腰を上げて、写真を一枚拾う。
そこに写っていたのは、赤いランドセルを担ぐ小学生であった。
日本人らしい深い黒の髪を、狸の髪留めでサイドテールに結っている。大きく綺麗な瞳は、鋭さを持ち合わせている。なんつうか、利発そうなお子さんである。幼い今では可愛いといえるが、成長したら怖い姉ちゃんになりそうだ。
ほかの写真もめくってみる。ランドセルには狸のキーホルダー。恐らく自宅であろう、少女の机には狸の置物が並んでいる。
狸好きすぎだろ。
「で、家出か? 誘拐とかだったら俺はお手上げだけど」
疑問を一つ。高校生である俺の能力は、誘拐などの珍事には対応できない。素直に警察へ直行していただきたい。
「安心してください。家出でも、誘拐でもありません。その娘さんは、きちんと依頼人の目の届く場所にいるそうです」
「なにそれ、なぞなぞ?」
困惑する俺をよそに、鬼姫様は機械的なチョーカーと携帯端末を封筒から取り出し、俺に手渡す。
「フルダイブゲーム。仮想世界にいる娘を探して死亡判定させずに保護し続けてほしい。それが、今回の依頼内容です」
世界初のフルダイブゲーム。データで構築された魔法などがあふれる仮想世界に、意識を落とし込み、あたかも 現実世界のようにふるまえる遊戯。
確か、三日前に大々的に売り出さてサービスが開始されていたはずだ。
「ゲームの仮想世界ってまた過保護な親だな。この娘さん、こうやって親に監視されているから、こんなやさぐれた目つきしてんじゃね?」
だって、写真のどれもが撮影者を射殺すような目をしてるもの。ゲームの世界でくらい自由にさせてあげたい。まあ、お金もらえるから探すんだけどね。
「で、依頼料はいくら?」
「一億です」
ん? ゲーム通貨かな?
「言っておきますが一億円ですよ。これでしばらく働かずに本が読めます」
「はああああ!? 頭おかしいだろ!? そのおっさん!」
でも一億か。給料アップ間違いないぜ。
現実味のない金額に慌ててみるも、心では冷静に金勘定。仕方ない。人間だからね。
「で、私はゲームとか得意ではないので、貴方に任せようと思います」
「おい、働けよ。俺だってゲームは苦手だよ」
不満を垂らす俺を、鬼姫様は一瞥して指をひょい、と向ける。
すると、俺の手に収まっていたチョーカーがひとりでに宙に浮きあがり、首に装着される。
「げ! また、妙な手品を!」
「手品ではなく、術式です。いいですか黒太郎」
鬼姫様が今日初めて立ち上がり、俺へと歩み寄る。
「あらゆる可能性が分岐し、並行した世界を渡り歩く私が明言しましょう。この世界が科学を昇華させたように、術式が発展した世界もありました」
指が俺の首元、チョーカーを撫で、ボタンの上に重ねられる。
「だからこそ、世界の可能性は無限大。魔法、科学、超能力、変身、霊能、神。人間ごときが夢見ることなど、すべてが実現可能なのです。だから貴方もいい加減、その窮屈な常識から出てきて私の弟子になりなさい。これは、いいきっかけになるかもしれません。黒太郎……」
鬼姫様は大魔王のように妖艶な微笑みを浮かべ、
「……ぽちっとです」
情け容赦なくボタンが押し込まれる。
「あんた、悪魔だよ」
意識が落ちていく中、俺は最後に呟いて、
「いいえ、私は鬼ですよ」
鬼姫様の声が追いかけるように聞こえ、そのまま仮想世界へと飲み込まれていった。