鬼姫は知識を貪る
恋華を家まで送り届け(強制イベント)、俺は本屋、コンビニを経由し、バイト先である探偵事務所前までたどり着く。
日も暮れ、薄暗くなった裏路地で俺はしばし佇む。頭上で危なげに壁にぶら下がる看板には『魔法探偵事務所』と、殴り書かれていた。
達筆なのはいいのだが、詐欺師が自己紹介しているような看板である。
見上げれば、朽ちかけたビルの二階に構えられた事務所の窓から、煌々と明かりが漏れていた。
夜型生活の鬼姫様にしては、お早い起床である。
俺はタイルの剥がれた階段を上り、ドアノブに手をかける。
「こんばんわ鬼姫様」
我が雇い主に挨拶を一つ。
事務所とは名ばかりの、本が積み上げられた部屋で、布がすれる音がする。
本のビル群をかいくぐると、床に寝転がり漫画を読み漁るダメ人間がいた。
赤みを帯びた彼女の長髪は、一つに結あえて飾り櫛を乱暴に突き刺した乱暴なセットが施されている。その赤髪は、光の加減で火を灯したような輝きを見せる。真紅の振袖を、肩まで剥いて、露出させて着崩す二十歳ごろの女性。この人こそが、俺の雇い主である鬼姫様である。
あ、あといつも頭に捻じれた角みたいな髪飾りをしている変わり者である。
「遅いですよ黒太郎」
漫画から顔を上げることなく、鬼姫様は文句を垂れる。
「いつもと変わらない時間だよ。ほれ、頼まれたもの買ってきたぞ」
俺はビニール袋から、漫画『ドラいもん』を数冊、アイスとしては色物なドライ焼きなる食品を投げてよこす。鬼姫様は漫画から視線を外さずに、華麗にキャッチする。相変わらずどこに目がついてるのかわからない人だ。
俺も積まれた本の中から、適当な本を引っ張り出し、ドライ焼きの袋を開ける。
このバイト、基本依頼人がこないので、普段は漫画や本を読み漁るだけで終わるぬるい職場である。業務命令で雇い主に様をつけることを強要されることを除けば、天国である。
「恋華を家まで送っていたんですか?」
珍しい。鬼姫様が話題を振ってきた。
「ああ、それがどうした?」
「彼女との付き合いは考えなさい。貴方が日常に愛されているなら、あれは非日常に憑りつかれています」
人の数少ない女友達をあれ呼ばわりしないでいただきたい。それに、あいつは性格こそぶっ壊れているが、どこにでも転がっている女子高生だぞ。
「俺からしたら、鬼姫様こそ非日常だよ」
なので、話題をすり替える。この人に否定は無意味であることは一年を通して、しっかり学習しているからだ。
「まあ、私は非日常の化身ですからね」
本人も肯定して、漫画のページをめくる。
以降、会話は二、三はさんで一時間程したころ、
「あ、黒太郎。昼過ぎに依頼人が来てました」
思い出したように顔を上げた。
言うのおせーよ。仕事しろよ鬼姫様。