黒太郎という少年
「ぶっちゃけさ、黒太郎は神様に愛されてんじゃね?」
二人きりの補習の最中、彼女、恋愛恋華は呟いた。
名前に恋の字がやたらと躍りながらも、彼氏いない歴16年。そんな恋華の容姿を一言で表すなら、委員長。艶っぽい黒髪を三つ編みで一つに結い、眼鏡まで装備する徹底ぷり。しかし、その眼鏡が伊達であるように、恋華もまた中身は委員長とはかけ離れた存在である。
そんな恋華の発した言葉の意図を探すように、俺は教室を見渡した。
雑然と陳列する机や椅子は、茜色に染められるばかりで、人影は二つしか伸びていない。
なので俺は恋華に問いかける。
「もしかして、俺に言っているのか?」
「黒太郎以外に誰がいるのさ?」
いないけどさ。少なくとも俺は神様に嫌われてぞ。
「例えば、よく小説や漫画なんかで平々凡々を自称する主人公がでてくるだろ?」
と、愛華は指を立て、くるくる回す。
「ああ、そして平凡な日常に戻るために世界を救うんですね。わかります」
そうそう、と彼女は嬉しそうに頷き立ち上がる。背の高くなった彼女の影法師が、教室を二つに分かつ。ゆらゆら揺れるそれを流し見て、俺は先を促す。最終下校まで、あまり時間はないのだから。
「でも黒太郎は違うんだよ。異世界転生も、デスゲームも何も起こらず平和も平和。例え今この瞬間、学校をテロリストが占拠しても、黒太郎がいるこの教室だけは無事だったりさ。そればかりか、家に帰宅するまでその事実にすら気づかず、テレビを見て知っちゃうぐらいに愛されているんだよ」
なにそのラッキーボーイ。超なりたい。
「だから、今日も一緒に帰ろうぜ」
恋華そう言って、恋華はノートを鞄に収めて、俺の手をとる。
少年のような笑みを向ける恋華から顔を背けて夕焼け空に目をやる。
恋華は気づいているのだろうか。もし、そんな奴が実在するとするなら、誰も救わず、誰でも見殺す最低野郎という事実を。
「それは違うぜ」
まるで俺の心を読むように、恋華は否定した。
「だって私は、黒太郎に救われているからな」
偶然にも彼女を救った一年前。救ったと知るのさえ後日談であったあの事件を反芻する。
「馬鹿言え。あれこそ違うだろう」
そう、誰かを救うなんて大それたことではない。それに、
「平凡の神様に愛されてるなら、お前を助けた時点で平凡ではないだろ」
俺の指摘を受けて、恋華は声を漏らして笑う。
「確かにそうだな。でもね黒太郎。私は思うんだ」
鞄をひったくるように豪快に担ぎ、
「迷子の少女を一人助けるくらい、平凡の内のことじゃないか」
俺に振り返り、そんな暴論を振りかざすのだった。