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ライン  作者: Jan Ford
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第1章(4)/1

 晴天。

 雲ひとつ無い空に太陽がさんさんと照っている。それなのに、東京の街中は凍りつくような寒さで道行く人々を包み込んでいた。

「あいつほんっとにありえないんだって」

 車の滑走音にかき消されないように香川が大声を張り上げた。

「俺もう、五千円は貸してるぜ」

「何に使ってるんだよ」

「・・・・・・とかじゃない?」横を通り過ぎていったトラックが香川の言葉を引き裂いた。

「俺だけじゃないぜ。相沢とか西原は一万くらい貸してるって言ってた。全部で五万くらい借りてるって西原は言ってたな。このままじゃ絶対返ってこないだろな」

「お年玉は?」

「あっても使っちゃうだろ」

「それじゃどうしようもないな」

 一輝と吉沢は笑った。

 ○○駅から市川中学高等学校までは8分くらいの距離だった。一輝と吉沢と香川の3人は、通学路のビルの間を歩いていた。通りを折れてしばらく行くと、学校が姿を現した。ビルの面する大通りからはだいぶ離れた、都会の喧騒から見放されたような場所だ。少し距離を置けば、地元の人たちでもここに学校があることを知らない人のほうが多いのだそうだ。日々の忙しさに追われているこの都市では、自分に関係の深いこと以外はあまり重要でないらしい。生徒にしてみれば、自動車の音も無く静かでけっこうだった。

 市川中学高等学校は、創設から10年もたっていない新しい私立学校であった。東京都の東端に位置し、地価が高いせいか面積は窮屈なくらいに狭くてグラウンドも何とか申し訳が立つという程度の広さで、そのくせ建物だけはやたら高く作られていて7階まであった。おかげで音楽室や理科室などの移動教室のとき生徒にとっては一苦労だった。進学実績は他の私立に比べると中間より少し下くらいでお世辞にも流行(はや)ってる学校とはいえなかったし、一輝が中学受験でここを受けたのも第4志望としてで、理由は自分のうちから比較的近かったというだけのことだ。しかし結局第1志望から第3志望までを落ちてしまい、ここに来ることとなったわけだった。もっとも、それらの落ちた学校というのは母さんが半分高望みで受けさせた学校で、一輝はもともと受かるなんて思っていなかったし、第5志望の学校は市川よりも偏差値は高かったがとても通えるような場所じゃなく、はじめから中学で受験をするんだったらここに来ることが決まっていたようなものだった。

 3人はしゃべりながら学校に入った。教室にはまだあまり人がいなく、一輝たちは話をしながらSHR(ショートホームルーム)が始まるのを待った。

 やがて教室に人が増えて、そこらかしこが盛り上がって来る頃になって、ようやく1年4組担任の藤村先生が教卓の前に立った。40代前半の男の先生だ。規則や礼儀にうるさくその上怒ると怖いので、誰も口にはださないものの、あまり生徒からの印象は良くない。

「席について」

 教室中のしゃべり声が潮の引いたみたいに小さくなり、皆は席に着いた。

 藤村先生は欠席者をチェックして連絡を言うのに、ものの1分もかけなかった。叱り散らすのにかける時間は10分や20分だってかけるくせに、こういう事務的なことにはひどくせっかちなのだ。

 一輝はだからまさか、SHRの後に先生が教室に残り、自分のところに歩み寄ってくるものとは思ってもいなかった。

 1時間目の準備をしようと、下に置いたカバンを開いた時だった。

「青島」

 いきなり頭の真上から声をかけられて、思わず反射的に「はい!」と言っていた。顔を上げると藤村先生がすぐ目の前に立っていた。いかつい強面の眉間にしわを寄せ、こちらを見下ろしている。心臓が不整脈を起こして縮み上がった。

「ちょっと来い」

 頭が真っ白になる。一体何のことで怒っているんだ?部活・・・勉強・・・それとも生活態度か?どれにも心当たりは無かった。でも何かあるのだ。

 言われるままについてゆくしかなかった。教室中、ほとんどの人がこっちを見て、興味ありげにささやいたり、苦笑いや、笑いを浮かべたりしていた。恥ずかしいのと不安とで顔が熱くなるやら青ざめるやら、変な感じだった。一輝は諦めて藤村先生の後に続いた。

 藤村先生は教室の外に向かって歩き出した。一輝もそれについていく。先生が怒る場所と言うのは、6割以上が教室の前、3割が通学路などの校舎の外、そして残りが職員室だと決まっている。一番危険な場所が、職員室だ。しかし、廊下に出た藤村はそこで立ち止まらずにさらに進んでいった。無論、校庭に出てから用を済ませよう、ということではあるまい。職員室に行くのだ。一輝は唖然とした。怒られるようなことをした覚えは無いのに。移動教室の途中の人たちからの注目を集めながら、一輝は放心状態で歩き続けた。

「呼んできました」

 職員室の扉を開けてすぐに、藤村先生が言った。

「ありがとうございます」

 答えながら立ち上がったのは、部屋の奥のほうにいる、見たことの無い若い男の先生だった。深刻な表情を浮かべて一輝のことを見ている。

 職員室は授業用の教室3つ分くらいの広さで、それでもたくさんの大型机や資料の棚などで埋め尽くされていてとてもごみごみとしていた。机は上がプリントやファイルなどで埋もれているものなど少なくなく、そこに座って次の授業のない先生がパソコンに向き合ってなにやらじっと画面をにらんだりしている。

 藤村先生につれて来られているというだけで、職員室にいる先生が皆「なにをして怒られるんだ?」という非難の目で一輝見ているような気がして、一輝は、廊下を歩いてきた時に味わった恥ずかしさよりはましかもしれないけれど、やはり不安が頭の中を渦巻くのを感じた。

「青島君。ちょっとこっちに来てくれる?」

 一輝は言うとおりに、その先生のところへ向かった。不安感で押しつぶされそうになるのを必死に耐えようとする。頭の中ではまだ、どうしてこんなことになったんだ、という疑問が行ったり来たりしていた。

 ふと、その先生の机の上で何かが動いているのに気が付いた。横からなのでよく見えないけれどあれは、パソコンの画面だ。画面に何かが映っている。近づくにつれて、それは何なのか少しずつ見えてきた。

 一輝は机の前まで来て、立ち止まった。いまや画面の中の映像が正面から見えた。

「見ての通りなんだ。今、大変なことになっている」

 一輝は、さっきまでのショックが物の数に入らないことを悟った。画面に移る父親の顔を見て、一輝の思考は完全に停止してしまっていた。その映像が今まさに、走り去っていく警察の車輌を捉えている。

 ”横須証券 経営者6人が逮捕”のテロップが、”生中継”の文字の横でチカチカと点滅していた。

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