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ライン  作者: Jan Ford
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第4章(7)/15

 それからは銀行預金が増えているということも、羽鳥から何らかの連絡が来るということもなかった。不穏なことが行なわれているというのに、その内容が分からないことが田中を不安がらせたが、その不安も時が経つにつれて、薄れていった。

 300万円はすぐに全額を使い切った。羽鳥がまともな連中につながっていないのなら、実力行使で奪い返しに来る可能性もなきにしもあらずと思ったからだった。高級車を見られて友人にいぶかしがられもしたが、それくらいでは田中のしていることが露見するはずもない。今はまだ、問題はなかった。

 そして、田中が羽鳥と最初に会った同じ日に、ようやく連絡が来た。

「誰にもしゃべっていませんね?」

 開口一番に羽鳥はそう尋ねた。

「もちろん」

「ではいいでしょう。準備はもう万端です。あとは実行に移すだけです」

「何をすればいいんだ」

「まずは、青島専務にコンタクトを取ります」

 青島専務とは仕事上の付き合いで何度か会ったことがある。

「どうして専務を」

「いきなり幹部全体に干渉するとパニックを起こしたり、変に結束されてしまうかです。だからまずは一人一人を脅迫し、バラバラに、こちらの掌中にいれます」

「まて。お前らがどうやって脅迫するつもりなのかは知らないけど、そう簡単にいくか?会社の経営に関することで易々と首を縦に振るとは思えないぞ」

「ですから、まずは下準備をします」

「どういうことだ」

「さっき言ったように、私たちは全員いっせいに要求を突きつけるようなことはしません。まず、例えば、親族に危害を加えるとかいう執拗な嫌がらせを仕掛けて、手始めの脅迫をします。けれど、これがそれほどの功を労するとは思ってはいません。警察に通報されればおしまいですからね。ですから、はじめに本当に小さな要求だけをする。具体的には、決算の改ざんです」

「それがなんになる」

「同じ決算について、小額づつを改ざんさせるのです。一人では誤魔化せるが、6人ではまずいことになる、そういう金額です。脅迫の内容は個人的なものですから、互いに相談することもできない。本人達は自分がちょっと手を加えるだけで全て解決すると思っているからなおさらそんなことをしようとは思わない。そこだけはしっかり念を押しますが、もしかしたらということもある。だから、あなたにはその監視をしてもらおうと思っています」

「なるほど・・・。分かった」

「盗聴器を仕掛けるとか、いろいろ細かいことは後で説明します。こうして積み重なった決算書が、本当の脅迫のネタになるんです」

 冗談ではないんだ、といまさらながら思った。本当に、横須証券をつぶす手伝いをすることになるのだ。

「それで、これが具体的にどうやっててあんたらの利益になるんだ?」

「それは教えられません。大事な企業秘密ですから」

 企業秘密、か。立派な物言いだ。

「あなたの仕事の話をしましょう。青島専務への干渉です。青島専務には数枚の手紙を渡して欲しいんです。前に会ったバーかどこかで落ち合って、そのときに渡します。郵便なんかでは跡がついていけないので」

「脅迫を書いた手紙を渡すのか?そんなことをしたらそれこそ跡がつくじゃないか」

「ちょっとした演出のために必要なんです。それに、彼はきっと私の要求を呑んでくれるでしょうからね」

「なんでそんなことが言い切れる」

「大丈夫。信用してください。私の経験則です」

 経験則・・・?わけが分からなかった。何をもってそんなことがいえるんだ。それとも、この羽鳥という男が、今までも同じようなことを手がけてきたとでもいうのだろうか。

 その日は場所を聞いただけで話は終わった。

 後日、田中は羽鳥から手紙入りの封筒を数枚もらい、それぞれの使い場所についての説明を受けた。

 朝早く会社にきて1枚目の封筒をビルの前に貼り付けたときは、不安で仕事に集中できなかった。その日は1度だけ青島専務の姿を見たが、特に変わった様子もなかった。

 羽鳥から突然の電話がきたのは、その日の夜だった。

「計画に支障が出ました。前にお話した段取りは忘れてください。全員をいっせいに脅迫し、要求を突きつけることにします。もしもこれが失敗したら、計画は断念するものと思ってください」

「どうしたんだ。なにがあった、いまさら変更なんて」

 羽鳥は少し黙って、それから舌打ちした。

「まあいいでしょう。教えてあげますよ。どうせ言っても言わなくても同じことですからね。今までは黙ってたんですが、私達に協力してくれた横須証券の社員は、あなた以外にもう一人いるんですよ。そのもう一人が、仕事をしくじったんです」

「もう一人?もう一人いるのか?どうして今まで黙ってたんだ」

「理由なんてどうだっていいでしょう。とにかく、おかげでいろいろと問題がでてきて。いいですか。明日までにあなたの自宅のポストに封筒を入れておきます。こちらを、次の手紙を持っていくはずだった場所に置いてください。いいですね。間違ってもおかしなことをして誰かに気取られたりすることのないようにしてください」

「住所を、言うのか?」

「しょうがないでしょうが。それとも今から受け取りに来てくれますか?」

 もう夜の1時を過ぎていた。それでなくても体の疲労がたまっているのに、今から車を出す気力なんてなかった。

「言っておきますけど、私達は必要とあらばいつだってあなたの住所なんて調べることができますよ。言わなくたって時間の無駄になるだけです」

「分かった」

 しかたなく田中は住所を教えた。

「では明日の朝に。頼みましたよ」

「待ってくれ、代わりに一つ教えてくれ。もう一人ってのは誰なんだ」

「あなたに言う必要はありません」

「言えない理由でもあるのか」

「そんなことはない」

「じゃあ教えてくれ」

 羽鳥はまたもしばし黙って考えて、おもむろに言った。

「宣伝部の堂本弘雅という男です。しかし、コンタクトを取るようなことはできる限り控えてください」

「そうか。ありがとう」

「では」

 田中はソファーに寄りかかった。

 堂本弘雅。知らない名前だ。羽鳥はできることなら堂本の名前を言うまいとしていた。二人で結束して組まれるのを避けるためか、二人が知り合い出ないほうが自然で怪しまれないと思ったのか、又はそれ以外の理由か・・・。だとしたら、危ないものが隠れているような気がした。

 羽鳥は俺に計画の内容も羽鳥達のことについても一切語ろうとしなかった。さっきの電話にしてもそうだった。あの男は一体なにを考えているのだろう。

 なんにしても、危険には違いなかった。羽鳥が何を考えているのか、突き止める必要がある。そのためにはまず堂本弘雅と連絡を取らなくてはならない。

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