第4章(6)/15
「どういうことです?」
「言葉の通りですよ」羽鳥は声を潜めて言った。「きちんと法にのっとった手段で、正しく言うなら法の裁きによって横須証券をつぶす方法です」
「とりあえず、それを・・・」
田中は内ポケットの中の拳銃を指差した。
「ああ。分かりました」羽鳥は拳銃を見せるのをやめた。
「今日はこの辺にしときましょう。私なんかには、あなたの言おうとしていることは理解できなそうだ」
こいつは本当に頭がおかしいのかもしれない。だとしたら適当にへつらってごまかして逃げるのが一番だ。
「私は冗談であなたに話を持ちかけようとしているわけではないんです。いたってまじめで、もちろん気が触れているわけでもありませんよ」
こういう人間の出てくる小説を読んだことがあった。自分の気が狂っていることに本人が気づかず、どんなことを言っても聞かない、それでいて自分を否定しようとする人間を逆に排除しようとする。おれは本の中の人物を幻覚に見てにでもいるのだろうか。
「細かいことや事の運びは私達で何とかします。あなたには、会社の内部から手を回して、幹部の動きを監視していて欲しい、ただそれだけです」
「断ります。そんなことをしたって私にとっては迷惑なだけです」
田中は救いを求めるようにバーテンを見た。知ってか知らずかバーテンはグラスを磨いてこちらに微塵も注意を払おうとしなかった。こいつをどうにかしてくれっ、と大声で叫びたかった。
「利益ならありますよ」
「会社への復讐なんて、ほんとはどうだっていいんだ!」
「1億で手を打ちませんか」
「何を言ってるんだあんたは」
「1億です。あなたの年を考えたら、仮に会社がつぶれて職を失うとしても十分すぎる金額だと思いますよ。前金として300万円、翌日までにあなたの口座に振り込んでおきます。私達と手を組むかどうかは、それから決めてください」
「分かりました、ですから今日はいったん帰らせてもらいます」
田中は席を立ち上がってカウンターに向かい、財布から1万円札取り出してバーテンに渡した。
「あなたはまだ私の言うことが信じられないようですね」
急いで店を出ようとすると、後ろから羽鳥が声をかけてきた。田中は後ろを振り向いた。羽鳥は口もとに小さく笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「そんなことはないですよ」
「構いません。明日になればはっきりすることですから」
田中は店を出た。そしてすぐにタクシーを拾って家に帰った、タクシーに乗っている間も、後からつけてきやしないかと何度か気になって後部ドアを覗いたが、閑散とした夜道に怪しい車は見当たらなかった。
翌日は、羽鳥のことなどまったく気にせずに過ごした。羽鳥という名前すら覚えていなかったし、当然、口座に金が振り込まれているかなんて確かめようとも思わなかった。
しかし、次の給料日に、田中は自分の口座に300万円が振り込まれていたことを知ることになった。
2日後に羽鳥からの電話がかかってきた。
「見ましたか、300万円」
「どうやって・・・おれの口座番号を?」
「あの夜にあなたが自分の口で教えてくれたんです」
記憶になかった、が、そうだったに違いない。
「どうです?話を聞いてくれる気になりましたか」
「一つだけ教えてくれ」
「何です?」
「仮に俺がお前達の計画に乗るとして、いつまでに全額を払ってくれるんだ」
「計画を実行に移したとき、すなわちあなたが協力を開始してから3年内には。全額、月ごとに振り分けて入れておきます。計画が始まるのは、今から見積もってだいたい1年後くらいでしょうね。あなたの協力が必要になったら、そのときに連絡します」
「こちらからも連絡先を教えてくれ」
「申し訳ないが、それはできかねます。なにしろこっちは汚れ仕事をするわけですから、いざというときにあなたが裏切ったりしたら困ります」
「計画って言うのは、どういうものなんだ」
「それも、今はまだ答えかねます」
「そうか・・・」
「あと、住所などは極力変えないようにお願いします」
「分かってる」
「私達に協力してくれるということで、よろしいんですね」
田中は何も答えなかった。
「ではまた1年後に」
電話が切れた。




