第4章(5)/15
横須証券に復讐をしようと決めたのは40歳になった頃だった。
部署を変わって新しく赴任した職場で、会社が行なった過去の業績に目を通していた時に、偶然にも田中の目に、その資料が飛び込んできた。過去に横須証券と合同事業を行なっていた会社のリストの中にあったその会社名は、親父の当時の勤め先に間違いなかった。
ふと目にした名前は、田中にどこかで見たような印象を与えた。親父が勤めていたというのを確かめるのはわけなかった。親父達が離婚した年は、その会社が契約を打ち切られたわずか1年後のことだった。すぐにパソコンでデータを調べると、会社はその年の内に倒産したとのことだとはっきりした。
俺は親父に勝ったんだな、と思った。それだけだった。田中は特に気にせず仕事を続けた。
帰りの酒場で田中は羽鳥に始めて出合った。
普通のスーツに、普通の酒。特に高く着飾ったというわけでも、会社で重職についているというわけでもなさそうだった。ごく普通のどこにでもいるようなサラリーマンだ。ただ一つ変わっていたのは、その日たまたま一人で飲みに来ていた田中に話しかけてきたことだった。
話が合うな、と思っただけで、特別な印象をもらったわけでもないし、その日1日会っただけでもう二度と会うことはないだろうとも思っていた。
だが、田中がその日見つけた親父の資料のことを話しているうちに、羽鳥はだんだんと態度を変えていった。
「じゃあ、ほんとに復讐してやりましょうよ」
田中がまどろんで、今にも眠りに落ちてしまうというところで、羽鳥は言った。
そのときどんな話をしていたのか、田中はよく覚えていない。親父の会社が倒産したおかげで、俺は散々な人生を送らされてきただとか、そういうことを言っていたのかもしれない。田中は当然、羽鳥が相槌を打つためにそんな返事を返したのだと思った。
「ええ、まったく。そうしてやりたいですよ」
羽鳥は何故だか分からないが、笑った。
「できますよ」
その言葉は、相打ちをしたわけでも、田中の戯言を流そうとしたわけでもなく、計略と確信をもって響いていた。
現実味のない受け答えを聞いて、おれは少し目が覚めた。この人は何をいってるんだろう?
「私に任してくれれば、できます」
「まあ、冗談はこれくらいにして・・・」
不安を覚えて、おれは話を切り上げようとした。
「私の仕事っていうのは、実は普通の会社勤めじゃないんです。まあ要するに、声を大きくしてはいえないような仕事でして」
グラスの酒を飲みほす羽鳥の顔には、得体の知れない笑みが浮かんでいた。こいつは、普通じゃない。早くここから出なければ。
「なんなら証拠を見せてあげてもいいですよ」
「・・・証拠?」
「見たいですか?」
「まあ・・・・・」
羽鳥は今までの愛想笑いが嘘のような鋭い目線でカウンター席のバーテンのほうを見た。そして、コートの内側をめくって見せた。
“それ”を見た瞬間、おれは思わず息が止めてしまった。眠気が一度に吹き飛び、体が氷のように冷たくなった。
「そういうのが、趣味なんですか?」
黒光りする拳銃から目を離さずに言った。よくテレビの刑事ドラマで見るようなものとは違う、握り口が太く、反対に銃口部分の細い小さめの拳銃だった。銃身に無理やり押し込まれた形のリボルバーには、それだけ銃身と違う銃弾が金色に光り輝いていた。
モデルガンという意味で言ったつもりだった。羽鳥もまた、そんな思惑を察したうえで返事をしたのだろう。
「ええ。こういうのって手に入れるのが難しいと思われてるようですけれど、案外楽に入手できるんです」
言葉が出てこなかった。拳銃は内ポケットの中に収まってるはずなのに、銃口がこちらを向いているかのように錯覚した。
「こういうチャンスって、なかなかありませんよ。どうです。一つ私に任せてみません?」
「しゃ、社長を殺すつもりですか」
バーテンに聞こえるように少し声を上げていったつもりだった。
羽鳥はおかしそうに笑った。
「これでですか?そんなことをしたら大事件になりますよ。」
「はは」
「私が提案するのは、もっと確実で、法律にのっとって横須証券をつぶす手段です」




