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ライン  作者: Jan Ford
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第4章(3)/15

 両親が離婚するまでに、それほど時間はかからなかった。もともと喧嘩ばかりしていたのもあったのだと思う。親父が失業した頃から半年ほどで、二人は分かれることになった。

 親権は親父が持つことになった。というよりも、押し付けられるようにして無理やり父親の後をついてゆかされたのだ。

離婚から少し経ってから酔っ払った親父がそのわけを教えてくれた。お袋は家業を継いで実家に戻ることになったのだけれども、そのときお袋の家が顔を見るのも嫌なくらい毛嫌いしていた親父の子供が来ることは、お袋にとって都合が悪かったのだという。酒気で顔を真っ赤にさせながら、親父は、お前の母親は母親失格の最低の女だ、と怒鳴り散らした。田中がなんの表情も変えずにその言葉を聞いていると、親父はさらに怒った。お前はあんな人間の肩を持つのか、とまで言われた。けれど別にお袋が好きだったわけじゃない。愛情なんて感じていなかったから、そんなことを聞いたってショックでもなんでもなかったのだ。

 親父が自殺をしたのはそれからすぐだった。親戚ははじめ何も言わずに黙っていたが、葬儀が終わって少ししてから、電話で親父が飛び降り自殺をしたのだということを教えてくれた。関東から遠く離れた山口県の崖の下で、遺体になって発見されたのだという。親父は友人に向けて遺書を残していて、そこに記された場所に向かった頃にはもう事が終わっていたということらしい。理由までは言ってくれなかったが、それくらいは教えてもらわなくても分かった。親父は会社が倒産し、それまでも危なかった借金のやりくりがいっきに破錠して、どうにも行きづまっていたのだ。親戚との折り合いも良くなかった親父は頼る相手を見つけることもできず、バブル崩壊で混乱した社会のなかで職場を見つけることもできずにいた。

 毎日毎日あてもなくパチンコ店に入り浸って借金を重ね、苦しみを忘れようとしては更に自分の首を絞めていった。

 友達も皆親父のことを見捨てた。唯一、遺書を預けられた友人だけが親身に相談に乗ってくれ、たびたび家に来たりして話をして、お前ら親子のことが心配だという風な言葉を口にしたりしたが、その男もまた生活苦で金を工面することはできず、ついには親父の生命保険を借金の返済分としてそっくり持ち去っただけど消えてしまった。

 親父の葬式の時、田中は悲しみを感じることができなかった。ただ、両親と過ごす時間が終了したのだ、としか思わなかった。もう殴られることも、両親の汚した部屋の後片付けもしなくてもいいのだという実感だけが沸いてきて、田中は開放感に喜びを覚えた。それでも葬式の時はそんな態度は微塵も出さないようにしたし、周りの荘厳な空気に身を潜めてじっとしていた。数少ない親戚が親父の悪癖を非難している時も、ただじっと黙っているだけだった。

 しかしそれからすぐに、田中は自分の周りの環境がちっともよくならないということを身をもって知らされた。

 田中は親父の葬式の後、すぐに親戚の家に移ることになった。その家は昔の家よりもずっときれいで過ごしやすく、田中はそこがとても気に入った。家の人も親切で、田中はこんなにいいところに俺なんかが住んでもいいのかと信じられない気持ちだった。

 田中は夢見心地で毎日を過ごした。以前はできるだけ早く家を出て行くためにできるだけはやく働きに出ようなんて事を考えたりもしたが、今度はうって変わって、できることならずっとこの家に住んでいたいと思うようになった。ここ以上の居場所はないと思った。

 やさしい親戚の家族はもはや本当の家族のように感じられた。

 しかし、当の親戚の人たちは、田中と同じ事を思っていなかった。

 13歳、中学校に上がるという、ちょうどそんな時だった。

 田中は今でもその日のことをよく覚えている。

 その日、田中は卒業式を終えて友達と午後7時まで遊んできた帰りだった。帰りが遅くなって怒られるのかと思ったけど、おじさんたちは何も言わなかった。それどころかおかしな愛想笑いを浮かべては、田中が謝ろうとしたことや卒業の話をしようとするのを上の空に、こちらから始終目をそらしてばかりいた。

 おじさんとおばさんは食事が終わると田中を居間に残るよう言って、二人の子供には部屋にもどるよう伝えた。

 田中は3人になってようやく、部屋に漂う深刻な空気が間違いじゃないことを確信した。

 おじさんたちは、なかなか本題を口にしようとしなかった。曖昧なことを言ってことをはぐらかしたがっているのも、露骨と言っていいほどに伝わってきた。

 それでもよかった。何も聞かないですむのなら、苦しい時間がずっと続いたって構わなかった。けれども、結局は、田中の望むようにはならなかった。

 君はもう、うちのようなところにいるべきじゃない、君には君にとってふさわしい家が他にあるんだ、とおじさんは言った。

 田中は何も言わなかった。何も言葉か出てこなかった。言っても意味がないのだということは、分かりきっていたから。

 おじさんは、田中の沈黙を、田中の理解が追いついていないためだと思ってさらに言葉を重ねた。

 君がここにいてくれることはとてもうれしいよ、でもね、君にとって、それは本当にいいことじゃないんだ。子供に必要なのは、本当の親だよ。僕たちのような、代わりの親じゃいけないんだ。

 大人の使う詭弁だと分かっていても、田中は何も反論しなかった。要するに、おじさんとおばさんは俺がここにいることを望んでいないのだ。俺に、どこかに行って欲しいのだ。それだけ分かれば十分だった。ここは俺の居場所じゃなかった。ただ、それだけのことだった。

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