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ライン  作者: Jan Ford
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第3章(21)/14

 裁判は検察官の陳述へと移った。30歳代と見える女性の検察官は、青島真二が殺人を犯したのだという証拠を挙げていった。神経が図太いせいなのか、彼女は傍から聞けばとても裁判の弁論だとは思えないようなのんびりとしたしゃべり方をしていた。

「青島真二の所有している乗用車には、明らかに人を撥ねたものと見られる痕跡が残っているのが分かっています。被告人の所有している車のバンカーの曲がり具合は、ちょうど50キロから60キロの物体に、時速約80キロほどで衝突した場合と、同じくらいの衝撃が加わって曲がったものです」

 彼女は衝突の状況と衝突物の関係について、数分間、科学的な検証を説明した。

「さらに、発見された二人の死体には、背中からの強い衝撃を与えられたことで出来たと思われる、幾つかの骨折の跡が残っており、田中正志の死体には、同じような骨折だけではなく、被告人の所有する車のバンパーの形に、およそ一致する打撲痕も認められています。これらの点から、田中正志、堂本弘雅の両被害者は、同様に、被告人青島真二の所有する乗用車によって轢かれて、殺害されたのだと考えられます」

 検察官はそう言い終えてから席に着いた。

「異議あり」

「弁護人の発言を認めます」

 弁護士が立ち上がった。

「検察官の発言にあったように、確かに2人の被害者の殺害は、被告人青島真二の所有する車によって行われたものだと思われます。しかしそのことが、青島真二が実際に二人を殺害したという明確な証拠にはなりえません。

 犯行が行われたと推測され、2人の被害者が失踪したとみなされている去年の4月14日と今年の3月21日はともに休日であり、どちらの日も青島真二が会社にいなかったということが分かっています。いま犯行に使われたとされている青島真二の車は、横須証券株式会社本社の近くの駐車場に常時とめてあり、車の鍵は青島真二の部屋にありました。部屋の鍵はピッキングなどで開けることもでき、無断で鍵を持ち出せば、犯行は会社内にいた人間の誰であっても可能でした。被害者である田中正志と堂本弘雅に対しては、別件で被告人と一緒に逮捕起訴され現在服役中の、横須証券役員5人もまた殺害に至る十分な動機を持っています。これらの点から、犯行を行ったのが被告人であるという検察官の意見は、いささか確証に欠けるものだと思われます」

「異議あり」

「検察官の発言を認めます」

「被告、青島真二の弁護人は、先ほど横須証券株式会社の幹部の残りの5人であっても十分に犯行が可能であり、動機も十分にあったと発言しましたが、だとすると、何も共犯関係にあった被告人の車を使わなくても、自分の車を使って犯行に及んだほうがずっと効率的です。そもそも、今日この場にいない5人の役員にとって、手間をかけ、窃盗と言う行為に及んでまで犯行に踏み切るメリットなんて、どこにもありません。したがって、被告人の車を使って犯行を行ったのは、被告人自身以外には考えられないものと思われます」

「異議あり」

「弁護人の発言を認めます」

「被告人を除く横須証券の役員5人にとって、彼の車を使うことには十分にメリットがあります。まず第一に、2人を殺害した真犯人が別にいたとすれば、その人物は青島真二の車を使って青島真二が犯行を行ったと見せかけて自らの嫌疑を退けることが出来ます。第2に、例え田中正志と堂本弘雅を殺害したということが警察に露見したとしても、真犯人は6人全員に犯行が可能だったと主張して1人に犯人が絞られることを防ぐことが出来ます」

「異議あり」

「検察官の発言を認めます」

「弁護人の意見からして考えると、同じ事を役員6人全員が考え、共謀して殺害に至ったとも推測できます。それだけではありません。犯行を実際に行なった人物が6人全員に犯行が可能だと主張し、真犯人を特定させないという策謀は、被告人以外の5人だけではなく、被告人青島真二もまた、同様に行なえたのです。

 そして、今回の犯行を一番実行しやすかったのは、紛れもなく被告人、青島真二です。こうして考えると、6人の中でもっとも犯行を行った可能性が高いのは、被告人です」

「異議あり」

「弁護人の発言を認めます」

「裁判は可能性いかんで決まるものではありません。重視すべきなのはそこにある―――」

「もうやめにしましょうか」

 法廷の中の時間が止まった。真二は席から立ち上がって、まっすぐ裁判官を見ていた。弁護士が口を開けたまま呆然と固まっている。

 法廷に、ざわめきが巻き起こった。

「静粛にしてください!被告人は許可なく発言することは控えなさい」

「裁判長、もうやめにしましょう。この裁判は、無駄です」

「何を・・・」弁護士が驚ききったと言う風に、素っ頓狂な声を出してこちらを見た。

「裁判をしたって意味がないんです。あなたには申し訳ないと思っています。しかし、犯人は、私なんです」

 法廷内は相変わらず嵐のように飛び交う人々の声で、ろくに人1人だけの声を聞き取れるような状態じゃなかった。

「いま、何と・・・・・・」

「ですから私は、あの2人を殺した犯人です」

「静粛にしてください、静粛に!裁判が続けられません!」

 弁護士は、目の前で起きていることが飲み込めずに、当惑した様子で真二を凝視していた。

「ちょっと・・・・待ってくださいよ。じゃあ、あなたは一体何のために今日の裁判をしたっていうんです。冗談じゃない!変なこと言わないでください。裁判はまだまだこれからですよ?何を思ったのか知りませんが、このまま続ければ絶対に勝てるんですよ?」

 真二は何も答えなかった。そして、弁護士から視線を外し、裁判長のいるほうを見上げた。

「裁判長!!田中正志と堂本弘雅を殺したのは、この俺だ!!」

 引き潮のように、溢れかえっていたざわめき声がおさまった。

「俺が・・・・・・2人を殺したんだ」

 誰も、一言も発さなかった。黙って、被告人席に立つ一人の男を見ていた。

 嘘のような静寂の中、時間だけがゆっくりと流れていた。

 しばらくして、裁判官が口火を切った。

「あなた・・・・被告人は、今の言葉を裁判の中で参考にしてもよい発言として、言ったのですか」

 弁護士は打ちのめされたような、あきれたような表情を浮かべ、誰も彼も、何がおきているのか分からずこちらを見ていた。

「そうです」

「あなたは、この発言をした上で、判決をあおろうとしているのですか」

「そうです。これ以上、何も言うことはありません。犯人は私です」

 裁判長は当惑を顔に浮かべ、隣に座っている裁判官に何やら囁きかけた。ざわめきの波が再び法廷におこった。

 真二は目を(つむ)った。やるべきことは全てやった。後はただ流れるままに流されるだけだった。

 (とど)まるところを知らないざわめきの波を耳の奥に聞きながら、真二はただじっと、立ち尽くしていた。

 どれだけの時間がたっただろうか。辺りに大きく響いた木槌の音で、真二は目を開いた。

 ざわめきが掻き消えた。

 全員が壇上に立つ裁判長に視線を送っていた。

「では、被告人、青島真二への判決を言い渡します」

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