第3章(19)/14
空は気の遠くなるくらいに熱い晴天で、車の外は昨日降った雨のせいで蒸しかえっていた。中は窓も締めてクーラーも寒いくらいにきいていたけれども、こころなしか、そんな夏の空気を真二は肌で感じているような気がした。
暗幕をかけられて真っ暗な車内でできることなどない。
久しぶりに煙草が吸えるというわけでも、家族や友達に会えるわけでも、ただゆっくりと一人何もない部屋で休めるということですらなかった。
もっとも、真二はこれから自らの罪を裁かれに行くのであって、何も刑務所での生活の気分転換だとか物見遊山に行くわけではない。それでも、多少の期待を持たずにはいられなかった。
自分の人生の土台が足元から崩れてゆく音を何年も聞き続け、それからついに崖から足を踏み外して、刑務所での3ヶ月間を過ごした。あまりにも、それは長い期間だった。そして、ようやく今その長い苦悩から開放される時が来ようとしているのだ。
いや、羽鳥達と会って始まった不幸じゃないのかもしれない。ことの顛末が始まるずっと前から、真二は泥沼の中でもがき、苦しんでいた。社会人として世間に出てきてからずっと、年数にすれば20年近くになる。だから全てが終わったときに、底のない疲れと、それと同時に救われたような安心感もまたどこかで感じていたのだろう。
だから俺はこうも簡単に羽鳥の最後の要求を呑んだのだろうか。今度こそ、本当に全てを終わらせて楽になりたいと思っていたから。こういう結末になると予想していたから。
俺にとって羽鳥が現れたことが、救いだったとでもいうのだろうか?
羽鳥…羽鳥祐二。あいつは自分の人生のことをどう思っているんだろう。人を食い物にし、破滅させ、かつての親友を裏切ってまで、その生き血をすすって歩むしかない人生。あのときはまだ、羽鳥が本当に暴力団に入って、どっぷりと漬かりこんでいたということが信じられなかった。その姿を、4月の雨の中で目にしても、真二の頭の中にある羽鳥祐二は、学生時代の共に中学時代と18歳になるまでに過ごした姿が全てだった。共に同じ道を歩み、笑い、仲たがいもし、一度は道を踏み外して、それでも前向きに進んでゆこうとした羽鳥が全てで、それはたった一日の再開と裏切りで打ち砕くには、あまりにも頑丈な思い出だった。
あいつは変わった。
そうさせたのが時の流れか、目も当てられない過酷な現実か、それとも羽鳥自身の中に巣くう何者かによるものだったのかは分からない。どうやったって、分かることはないだろう。そして今となってはもう二度と、あいつに会うことすらできない。
仕方のないことなのかもしれない。人生のうちでたった一人の人間がかなえることのできる望みの数など、たかが知れている。それは、俺のような奴にはなおさらのことだった。
そう。もう誰と会うこともできないし、何かを見たり、食べたり、聞いたり、触れたり、感じたりすることもできなくなる。人間誰しも、そのときはやってくる。それは人によって早かったり遅かったりして、真二の場合は、たまたまそれがあと少しでやって来るというだけのことだ。
ただそれだけのことのはずだった。
なのに、どうしてこうも悲しいのだろうか?どうして、瞼の裏側が熱くなるのをおさえられないのだろうか?
真二は前部ドアから外の道路を見ようとした。流れてゆく車の列、青い標識、信号、空……全てが、ぼやけて見えた。袖をぬらして靄をとろうとしたが無駄だった。
真二は泣いていた。とめどなく流れる涙を、ひたすらぬぐって泣き続けた。
25年ぶり、18歳の秋の最後に流して以来の、涙だった。




