第3章(18)/14
いつもなら工場へと向かうはずの時間だった。
だが、今日だけは違った。
「青島真二、行くぞ」
教官に連れられるままに、真二は仲間の列から外れて一人通路へと出ることになった。半田の視線が疑い深げにこちらを覗いた。全員の視線が、顔は前を向いたままこちらを観察している。
廊下は暗く、コンクリート張りで、昨日の雨のにおいが染み付いていた。真二の横には2人の教官が並んで歩き、廊下には3人以外の姿はない。
いつかはこの日が来るのだと分かっていた。覚悟はできていた。心臓の音が妙に大きく聞こえてくるのはこの日があまりにも早くやってきたせいだろう。どこから発覚したのか、社員の証言か、家族の提言か、それとも羽鳥達が何か警察に漏らしたのだろうか。それは真二の知ったことじゃない。真二がしなければならないのは、ただ羽鳥達との約束を守るということだけだった。
厳重な錠に加えていくつもの南京錠がかけられた扉に突き当たったところで、廊下に響く3人の足音が止まった。そこは刑務所の出口へとつながる通路だった。
金属の触れ合う音が反響し、教官が外した鍵を手に、扉を開いた。もうひとりが片手で壁のスイッチを押して部屋に明かりをともした。
はじめに来た時と何も変わっていない。がらんとしていて無表情で小さな部屋の中に、机が一台と着替え用の個室がぽつんと置いてある。机の上には、真二がここへやってくるときに身につけていた所持品が並べられていた。会社用のスーツ。スラックス、腕時計、箱の中に収められた革靴。
ここに来た日の記憶が波のようにどっと押し寄せてきた。
刑が決まって拘置所を出ると、乗り込んだ警察車両の外にはどこから聞きつけたのか、慌ただしくフラッシュをたきながらハイエナのごとくマスコミ連中が群がってきた。それを抑える警官の怒号、詰め掛ける人々の勢い、顔を伏せながら車に向かう真二と小暮たち。惨めさと絶望と空虚感で既に体はぼろぼろだった。たきつける光を顔に浴びながら車に乗り込み、発車した車窓から目をそらして前を向いたが、それでも追いかけてくるマスコミの姿が目に入った。そして数時間を車で揺られ、この刑務所へと辿りつき、所持品の全てをここに残した。
「着替えろ」
横山刑務官が、戦前の軍人さながらに完全に侮蔑したような下目使いで命令した。真二はそれにしたがって個室に入って、水色一色の制服を脱いでスーツを着込んだ。
いったいあと何回このスーツを着られるだろうか。刑務官によるチェックを受けながら、そう思って真二はたまらず身震いした。
「よし。では行くぞ」
部屋をいくつか抜けて、真二はついに建物の外に出た。作業をするために工場への通路を通るためでもなく、余暇の時間に広場に出たのでもない。
真二は久しく吸ったことのない刑務所の外の空気を、思い切り大きく吸い込んだ。
田中正志、及び堂本弘雅の殺害に関する裁判についての初公判の日、外に出られたという気概を十分に満喫することもなく、青島真二は待ち受ける警察車両に乗り込んだ。




