第3章(13)/12
「腕が…」
「折れてるよ」
息切れした声で谷がはき捨てた。
電灯の逆行を浴びて、3人が覗き込むようにこちらを見下ろしていた。怖いとはじめて思った。殴られるかどうか、見逃してもらえるのかどうか、このまま家に帰ることができるのか、その全てをこの3人が決めているということに、一輝は情けないくらいに恐怖が湧き上がってくるのを感じた。瞼からあふれ出てくる涙もとめることができなかった。情けなかった。恥ずかしくてしかたなかった。けれどそれ以上に恐怖が全身を包み込んで離れなかった。
意味がないと分かっているのに、一輝は折れていないほうの右手を伸ばして、必死に谷達から逃れようと体を引きずった。体が地面をこすって揺れると左腕が悲鳴を上げてそれ以上進むことができなかった。痛みで息が速くなった。滴り落ちる鼻水も止まらずに気道を塞ぎ、余計に呼吸を苦しくした。
もういい。10万だって、この先の人生だって、この痛みと恐怖から遠ざかれるのだったら何もいらない。頼むからやめてくれ。頼むから…
「金を出せよ。おい。まだこれでも懲りないってか?」
「分かったから。やるから。幾らだってやるから…」
そうかよ、というと谷はぐっと顔を近づけて、胸倉をつかんで一輝の体を持ち上げた。腕に激痛が走って悲鳴が口から漏れたが、谷の手は構わずに上着に内ポケットをまさぐった。10万円の入った封筒がするりとぬかれた。
「馬鹿な奴だな、お前も。おとなしく渡してれば何にもないってのに」
服をつかんでいた手が離れて、折れた腕から体が地面に倒れた。絶叫が夜道に溢れた。
「これだけ大声を出せば誰かがパトカーでも呼んでくれるだろうな」
皮肉な笑いを浮かべて、谷は残りの二人に肩を支えられていた竹田のもとへ歩み寄った。
涙で視界が歪んでいたが、竹田がこっちをにらみつけているのだけははっきり見えた。顔についた血が街灯に反射して不気味な赤い色をしていた。
竹田は2人に支えられて一輝に近づいてきた。そして、一輝の前に来ると立ち止まった。
「青島、これだけは言っとくぞ」竹田が真っ黒な目でこちらを覗きながら言った。「お前は俺達のことをただの犯罪者で、頭の狂った冷酷な人間だと思っているかもしれないけどな、それはお前だって一緒なんだよ。俺達がお前をカモにしてなければ、お前だって都合のいい誰かに同じようなことをしていたんだよ。何でだか分かるか?
俺達はもう、今までみたいなケチな犯罪じゃ我慢できなくなってるんだよ。もっと刺激のある、もっと大きい、もっと完璧な犯罪じゃないと、今の俺達は満たされない。お前だって思ってるだろ。ごまかしはきかない。お前とは同じ道を歩いてきたから分かる。
別に、欲が膨れ上がったんじゃない。欲はいつだって同じだけある。上がりも下がりもしないさ。変わったのは立っている位置だ。ラインだよ。ラインが上がったんだ」
ライン…
「ラインは自然には下がらない。痛みを知るまで、ひたすら上がり続ける…」
遠くから甲高い機械音が響いてきて、一輝の耳に入った。拡声器が道を譲るようにと言っていた。
「お前はある意味幸福だよ。もう、この火車から降りられるんだ」
そう言ったのを最後に竹田達は背を向けて一輝から遠ざかっていった。
後には少しずつ近づいてくるサイレンの音が残っているだけだった。




