第3章(12)/12
「何でこんな事をするんだ」
竹田は答えなかった。答える代わりに、大きく一つため息をついてみせて、それから一輝の顔を見下ろすように眺めた。その表情には、強者が弱者を哀れむかのような優越感が満ちていた。
「青島、お前は大きな誤解をしているよ。お前はもう俺達の仲間じゃないんだ。ただのカモさ。だから俺達がこうしてお前を脅しているのに理由なんて要らないんだ。分かるか?」
「カモ・・だと」
「そうだ。カモ。ただのカモ。利用するだけして、搾り取られるだけ搾り取られて、それでお終いのカモだ。分かったならさっさと金を―――」
「ふざけるな!!」
竹田が言い終わらないうちに、一輝は右手のこぶしで竹田の顔面を殴りつけていた。殴ったこぶしに顔の骨があたって痛みが走り、遅れて鈍い音が辺りに反響した。
竹田がよろめきながら何とか体を支えて足を踏ん張った。地面に何かが滴り落ちている。電灯の光による反射で一輝はそれが竹田の赤い血液なのだと分かった。
生まれて初めて人を殴った。頭の中が、まるで熱にうなされているかのように熱い。こぶしの先がジンジンと痛かった。
「やめろ、青島!」
谷が叫んでいる。
“青島”だと?お前はもう俺の仲間でもなんでもないんだ。軽々しく呼び捨てにするな。
そう言ったつもりなのに、声がでていなかった。
自分の息が妙に荒くなっていた。走ったわけでもないのに、体まで小刻みに震えていた。
ゆらりと、そういう言葉がぴったりと合うような動きでそれまでうつむいて鼻を押さえていた竹田が、ゆっくりと体を起こした。夏の蒸し暑い夜の空気が一瞬凍りついた。谷達が反射的に身構えて、一輝も両手を即座に持ち上げた。
竹田は口元を真っ赤な鼻血でぬらしていた。鼻からはまだまだ血が流れ続けてノースリーブのTシャツに赤いしみが広がっている。血の色が電灯の光を受けて映えていた。
そして、その顔には満面の笑みがあった。
「本当に愚かだよ。青島一輝」
骨を打ちつける鈍い音があたりに炸裂した。
「やめろ!」
後ろから村上とが飛び掛って体を押さえつけたが、一輝は続けざまに左手で竹田を殴りつけた。今度は右腕を繰り出そうとしたが、抑えつけられたので弱弱しいパンチにしかならなかった。それでも一輝はやめなかった。足を振り上げて、スニーカーの先で腹のど真ん中に振り入れる。足をつかんでくる手を振りほどいてひたすら蹴り続けた。数人のこぶしに頭を殴りつけられて自分が倒れるまで、ウッとかグッと唸って両腕で体をかばいながら地面に崩れ落ちていく竹田を一輝は力の限りで殴るのをやめなかった。
「やめろ、青島!死んじまう!」
渾身の蹴りが竹田の頭を直撃し、竹田は後ろへと吹き飛んでコンクリートの上に崩れ落ちた。あたり一面に血が飛び散って赤い斑点がそこら中に広がっている。か弱い息使いをかすかにもらしながら、竹田が体を丸めてうずくまり、体をぴくぴくと痙攣させていた。
「このヤロウ!」
何がおきたのか分からなかったが、気づいた時には一輝は地面に体を叩きつけられていた。数秒遅れて首筋に割れるような痛みを感じて殴られたのに気づくと、続けざまに蹴りが腹をめがけて入ってきていた。両腕で体をかばおうとしたが意味がなかった。ところ構わず、スニーカーが全身を蹴りつけ、踏みつけ、転がされた。体中に痛みが迸って、目の前が真っ白に眩み、その視界にもスニーカーが飛び込んでくる。
左腕に電撃が走り、一輝は絶叫を上げた。が、かすれた声が口からこぼれただけだった。腕がバーナーで焼かれているのかと思った。痛みの信号が壊れている。いたい、と呻いていた。骨が折れたのだ。
辺りに、荒い呼吸の音がいくつも聞こえている。肉を打ち付ける音がやんでいた。引いていかない激痛のせいで、しばらく経つまで、一輝は3人が殴るのをやめていることに気づかなかった。
耳元に地面を踏む靴の音が聞こえた。
「これは、俺達に逆らった罰だ」
誰かが話している。誰が言ったのか分からなかった。




