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ライン  作者: Jan Ford
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第3章(10)/12

     7月20日


 その日はあいにくの雨だった。天気予報では一日中曇り空と言っていたのに、午後になって小雨が降り始め、それからだんだんと雨脚は強くなっていった。

 6時間目の終わりごろ、今日は傘を持ってきてないからぬれて帰ることになるな、と思いながら一輝はぼんやりと窓から外を見ていた。教科書もノートもぐしょぐしょになるかもしれない。

 ノートはとっていたけれど、一輝はろくに授業を聞く気がなかった。どうせ聞いたって、頭はどこかに飛んでいて、まともに耳に入ってこないのだ。2日前から調子が悪かったけれども、昨日からは気力を出すことさえも諦めていた。全てが悪い方向に進んでいる。なんとなく理解できているのはそれくらいだった。

 横須証券内で殺人があったというニュースを聞いた時、一輝は一瞬、何かの冗談じゃないかと思った。証券取引法違反の時はそんなことなかったのに、今度は目の前で起きていることを信じることができなかった。あの時はまだ予感があったからかもしれない。前の日に聞いた父さんのおかしな行動や、証券会社に勤めているんだ、と言う日ごろからの身構えが。

 けれど今回は違かった。少なくとも一輝は、親が殺人に絡んでいるところなど想像したことの無いような普通の高校生だった。だから、家に帰って、NHKのニュースのテロップに“横須証券役員が殺人に関与?”の文字が流れ、事件の詳細がキャスターの口から語られて6人の顔写真が映し出されているのを見た途端、体が固まってしまった。例の件を脅される電話が来たという昨日の今日で、今度は父親が人殺しをするなんてとてもじゃないが信じられなかった。人生そんなに不幸に出来上がっているものなのだろうか。悪夢とさえ思った。それくらいに実感が無かった。

 母さんがそのニュースを見ながら何事も無かったかのように雑誌を読んでいたのも、一輝に夢を見ているかのような錯覚を起こさせた原因の一つかもしれなかった。

 母さんに声をかけたが、返事はなかった。朝のニュースを見ていたから、殺人事件のことはとっくに知っていたのだろう。一輝は何も言わずに自分の部屋に戻った。

 何もかもがどうでもよかった。なるようになればいいのだ。俺にできることなんて何もない。そう思ってこの2日間をぼんやりと過ごしてきた。

 10万円だけはお年玉や、今までの貯金を全て足して何とかなったけれど、それで問題が解決したわけじゃないのは一輝にも分かっていた。奴は、俺をずっと脅し続けることができるのだ。10万円を出してもそれで終わりじゃない。いつだって、それこそ俺が人とのかかわりを断ち切るか、泥棒話が笑って流せるくらいの時間が経つまでずっとこの脅しは有効だ。それまでに10万円が10回、それくらいで済めばまだいいほうかもしれない。奴は俺が青島真二の息子だということを知っている。そのうち一回に100万円要求してくるような事だってありうる。そしたら俺はどうなる。また盗むのか。親の金を?いくらなんでも、そんなことをしてばれないはずがない。第一、盗む金が残っているかどうかも分からないのだ。母さんはまだ意地を張って父さんの持っていたたくわえだけで生活していこうとしているし、そのたくわえがいつなくなるかも分からない。奴らにそんな言い訳は通じない。あくまで、出すものは出させようとしてくる。もし出さなかったら、どうなる?面白半分にあのことを暴露されたら・・・俺は、おしまいだ。

 そうして、今日が来た。金を渡す約束の日だ。

 今日しかない。今日しか状況を打開するチャンスはない。それは分かってる。分かってるけど、どうしようもないのだ。何の手のうちようもない。俺にできることなんて、ない。

 一輝は、ぼんやりと窓の外の遠くのビルを眺めた。自分の人生が暗闇に転落していく。実感のないままに、そんなことを考えていた。

 昨日と同じく、今日も、気づけば家に帰っていた。○○線の××方面に乗り、12駅行ったところが一輝の家の最寄り駅だった。ロイヤルマンション坂田に住んでいたときと違う路線で、前よりももっと混んでいて、さらには乗車時間が30分以上増えていた。引っ越すときになるべく安い場所を選ばなければならなかったので、どうしても都心の東京から遠くならざるをえなかったのだ。

 部活が終わって、家に着いたのは7時過ぎだった。今日は剣道でも散々だった。集中力がなかったせいだ。久々のトーナメントでの練習試合で、一輝は結局少しも押せないままストレート負けした。

 約束の時間まで、あと3時間がある。一輝は喉を通らない夕飯をほおばりながら今晩の手はずを考えた。母さんには、ちょっと近くのTUTAYAに出かけてくると言えば家をでるのは何とかなる。そしたらあとは小学校の校舎裏に自転車で行って、奴が来るのを待つ。

 その先はどうするか。考えても、いい案なんて浮かばなかった。決死の覚悟で殴りかかるか。いや、その前に相手が誰なのか、本当にあいつなのか(・・・・・・・・・)どうかを確かめることだ。解決の糸口もあるとするならそれだけだ。あいつを、あいつらをどうやって説得するのか。

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