第3章(3)/10
7月17日
「病院に運ばれたって?」
「ついっさっき。腕の骨を折られて・・・」
「原西、おまえは大丈夫なのかよ」
「大丈夫じゃないけど、岸本よりは」
原西が大きく咳き込んだ。雑音で音が割れる。
「一応手当てとかしてもらったらどうなんだ」
「めんどくさいからいいよ」
「財布、盗られたのか」
「ああ」歯軋りが伝わってきた。「クソッ、ホントついてねえ」
電話の向うから突然人が立ち上がって椅子が揺れる音と女の人の小さな声が聞こえた。おそらく岸本の母親だろう。どうですかと尋ねているのが、微かだが聞こえた。答える医者の声は病院の中で話していると思えないくらい大きくて、原西の持つ携帯電話にもしっかり届いた。
骨折なので無事とはいえませんが、腕以外では特に問題はありません。
その後に岸田の母親を慰める言葉が続いたが、原西の「岸田は無事みたいだぜ」という一言で遠くの声はかき消された。
「で、どこで襲われたんだよ」
「塾の帰りの、ほら、前にも一度通り魔があったとこだよ。通り魔だぞ、ただの通り魔。ちくしょう。かつあげまでするなんて聞いてねえぞ」
悔しそうに言っているけれど、言い方がおかしい。どこまでも能天気な奴だな、といつもなら笑って言い返しそうになるところだったけれど、今夜ばかりはさすがに笑うことができなかった。
一輝は指先で手紙を握り締めながら質問した。
「相手は何人くらいだったんだ」
「6人ぐらいだ。よく覚えてねえ。2人相手にかかってくるなんて、卑怯だろが」
かつあげってそういうもんだろ、とツッコム余裕もなく、一輝はさらに尋ねた。
「歳は」
「たぶん俺らと同じくらいだ」
「そいつら、何か変なこと言ってなかったか」
「ったく何でそんなこと聞くんだよ」
原西が険悪にはね返してきた。体中を殴られて財布も取られ、気分最悪の中で、心配して電話をかけてきたはずの友達から突然意味の分からない質問をまくし立てられたらそれは怒るだろう。
「いや、わるい。なんでもないんだ」
「そうかよ」
とりあえず岸田のとこに行くから、と言って原西は通話を切った。一輝が口を挟む間もないくらいに、あっという間に切られた。
俺もお前と同じくらい最悪の気分なんだよ。
受話器を置くと、母さんがすぐに岸田君たちはどうだったの、と聞いてきた。一輝はそれを適当に大丈夫みたいと言って居間を出ようとした。詳しく教えてくれと声をかけられたが、無視した。
「なによ、反抗期?」
背中からさっきの原西と同じ風に邪険に声をかけられたが、それも無視した。前までの母さんだったら、どんな時でもこんな風に荒れた口調で話すことはなかった。母さんは、父さんが逮捕されてこの小さなアパートに引っ越してからずっとこんな感じで機嫌が悪く、化粧もしなくなり、髪の毛をぼさつかせて、外見は10歳くらい老け込んでしまった。幸せな生活から突き落とされた人はどうなるか、一輝はこの2ヶ月近くの間ずっと思い知らされる羽目になった。しかし、それも今は慣れて何でもなかったが。
できるなら鍵をかけたかったが、築40年のボロアパートにはそんなものはなかった。一輝は母さんが入ってくる気配はないかと確かめてから、手に持った手紙を開いた。




