第3章(1)/9
7月17日
その日は天気予報が外れて大雨になった。
朝から小雨が降りだして、今はザァザァと音を立てるほどに雨脚が強くなっていた。夏の午後はひどい湿気と前日までに残ってた暑さとで羽鳥を憂鬱な気分に誘った。
羽鳥はいつものスーツを着込み、この雨の中で国道を抜けたところだった。バンパーをかけても曇ったままの前部ガラスが苛立ちと不安に拍車をかけ、知らぬうちに舌打ちをしていたようだった。
「羽鳥さん、やっぱりこんなの行かなくったっていいんじゃないですか?」
助手席に座っていた小宮山がめんどくささを隠そうともせずに言った。
小宮山は羽鳥の直属の部下で、秘書的な存在だった。羽鳥の執り行う事業にはたいてい小宮山も絡んでいる。今回の、横須証券の乗っ取りに関してもそうだった。どちらかといえば羽鳥とは違ったタイプの性格で、軽率なところは目にあまるが、行動力があって人付き合いもうまかった。
「念のためだ。俺が手をかけたことなんだから、その根は自分で摘み取るのが道理だろう。それに、ついてくるって言ったのは小宮山じゃないか」
「そうなんですけどね」大きくため息を吐く。「めんどくさくなってきちゃって。こんな天気だし」
小宮山はそう言って自分の着ているスーツの襟をいじくった。わざわざ地味な格好の物を選んで羽鳥が貸した物だった。非番だとはいえ目立つようなことがあってはいけないと思ったのだ。それに、ひょっとすると内ポケットに収めたサイレンサーを使う必要が出てくるかもしれない。
「もしも呼び出してきた相手がこちらのしていたことをある程度知っていて、強硬手段にでもでそうな態度を見せたら、迷わず、消すぞ」
分かってます、と小宮山が気のない返事をした。
「でも、もしも相手が大人数でけしかけてきたらどうするんです?」
「そのためにお前に来てもらってるんだろ」
「相手も銃を持っているとしたら大した応援はできませんよ」
「あの手紙を書いたは一般人だ。その筋の人間は出てこない」
同業者の人間だとしたらこんな事をする動機がない。十中八九、相手は青島達と何らかの形で交友のあった人物だと、羽鳥はにらんでいた。だから、羽鳥が青島真二の住んでいたマンションに来るのを見越してあんな手紙を貼り付けて呼びつけ、復讐しようと企んだ。自分がどれだけ危険なあだ討ちをしているのかも知らずに。
一昨日、羽鳥は『十日後に来い』という指示に従って再度ロイヤルマンション坂田を訪れ、そこでまた同じ青い封筒を見つけた。その中には一枚の地図と、宣戦布告のような趣旨の内容が書かれた手紙が入っていた。その地図に示してあった場所というのが今羽鳥達の向かっている旧工場団地の空き工場だった。まさに、決闘の舞台にふさわしいセッティングというわけだ。
手紙をあてつけてきた人物の始末のほかに、羽鳥には大きな懸念があった。この手紙を書いて廃屋で待ち伏せしているのが一人にせよ大人数にせよ、そいつらが他の人間にもこのことを言いふらしている可能性があるのだ。
もしそうだったら、とてつもなく厄介なことになる。せっかく、横須証券がらみで事が露見しないようにと行った工作も、役員5人にした口封じも全て無意味になっていしまう。羽鳥はそれだけはどうにかして避けたいと考えていた。だからこそ、今日手紙に指示された場所に出向いて、直接話を聞く必要があった。始末をするかを決めるのもそれからだった。
「今は、一般人だってやろうとすれば拳銃も手に入る時代ですから」
「なるほど。そういうことも考えられるな」
「とするとやっぱり危険ですよ」最後の警告とでもいうように、ささやき声で言ってきた。
「そうかもしれないな」
それでも行かなければいけないのだ。
「まったく、一体誰がこんな世の中にしてしまったのやら」
小宮山がぼやいた。




