第2章(24)/8
投げ出すにはまだ早い。これから全てが始まるんだ。
真二は窓を閉めて机につき、仕事の続きに取りかかった。必ず自分の力で今回のことに決着をつけてまたいつもの生活に戻してみせる。そのためにも目の前の課題をほったらかしにはできない。そう自分を説得して、真二は前を向くように自分に言い聞かせた。波打つ動機を無理やり抑えてペンを握り、書類との格闘に集中しようとつとめた。
1時間半後、12時半を知らせる時計のアラームを聞いて真二は部屋を後にした。
空は曇りで、外は凍えるほどに寒かったが、体は緊張からくる動悸で火照っているくらいだった。早足に歩道を突き進むと『ブルボン』まではあっという間だった。
午後0時42分。時計で時間を確かめ、目の前にたたずむ建物を見据えると、急に今までは感じていなかった激しい怒りが胸の中で燃え滾った。敵の姿を、憎むべき相手の姿を見つけたように錯覚したからだろうか。この中に手紙の主が待っている。心の中でそう言葉にしてつぶやくと怒りは我慢できないくらいに膨れ上がった。
恐怖と不安が巻き起こって怒りを消し止めてしまう前に、猛る足取りで開きだした自動扉の間に飛び込んだ。
中はそれなりに人ごみで混んでいた。昼休みに立ち寄ったらしいサラリーマンや買い物途中の女性、遊びに来たらしい若い男達の声があちこちから聞こえてくる。
「お客様、お一人様ですか?」
のんきにたずねてくる20くらいの男性店員にそうですと答えた。
手紙には来るように書かれていただけで、待ち合わせ客と名乗れだとか言う指示はなかった。真二はだったら余計なことはせずに席についていようと前もって考えていた。
「カウンター席でよろしいでしょうか?」
「いや、できれば静かな席がいいんですけれど」
ではこちらにどうぞ、と店の奥のほうへ案内してくれた。カウンターのような人目につく席でできるような話じゃない。最悪、相手がなにも言わずに帰ってしまう可能性もあった。
「ごゆっくりどうぞ」
午後0時45分。あと十五分だ。
暖房が効きすぎているわけでもないのに真二は頬を伝った汗をぬぐった。
50分。見える範囲に怪しそうな人物は見当たらない。
56分。辺りを見回してみるが、誰も近づいてこない。店内は相変わらず明るい話し声が絶えなかった。
58分。じっと時計の秒針を見つめた。そろそろ来るはずだ。店の空気には何の変化もない。
残り60秒。秒針が12時を通り過ぎる。カウンター向うの壁掛け時計も同じ時刻をさしている。喉が渇いている。何度つばを飲んでも潤わない。
30秒、20秒、もうすぐのはずだ。
「青島真二様という方はおられますか。小暮久則様が電話でお呼びです。お客様の中に青島真二様という方はおられますか」
小暮・・・社長?虚をつかれて一瞬何がなんだか分からなくなってしまった。が、すぐに理解が追いついた。時計はちょうど午後1時を指していた。壁掛け時計もだ。これは小暮じゃない。小暮久則は偽名だ。
「すいません。私です」
飛び上がるように立ち上がって、レジまで小走りで駆けた。周りの客が変な人を見るような目つきで見てきたが気にならなった。
「私です」
店員も真二の勢いに驚き、無言で受話器を渡した。
「青島だ。でたぞ」
たたみかけるようにいうと、受話器の向うから無表情な声で返事が返ってきた。
「どうもこんにちは」




