第2章(23)/8
1月7日
真二はホテルのベットの上で目を覚ました。
眠気はなかった。体中が、指の先まで醒めきっている。
手を伸ばして目覚まし時計のスイッチを切った。まだ5時だった。セットした時間よりも1時間早いが、二度寝するほどの眠気はない。
起き上がって部屋の電気をつけ、顔を洗い、昨日の夜コンビニで買ってきた弁当を食べた。
カーテンを開けると外は真っ暗だった。光はどこにもなく、東京の街は深夜以上に夜だった。
手紙の主が再び会う約束を取り付けてきたのは今日だった。午後1時、喫茶店『ブルボン』に一人で来ること。一枚目の手紙の文面と同じ、感情を感じさせない、一方的で有無を言わせぬ要求だけが短く書かれていて、美穂ちゃんのことについても一言も触れていなかった。唯一美穂ちゃんに関係したことといえば「身内の人間に危害を加える」の中に「別の」という2文字が加えられていたことぐらいだった。1人でダメなら2人目、3人目があるという徹底した冷酷さに、真二は底知れぬ恐怖と、どうしようもない己の無力を感じずにはいられなかった。
『ブルボン』にやってくるのは誰なのか、送り主は何が目的でこんなことをしたのか、美穂ちゃんは無事でいるのか、真二はここ2日間、それらのことばかりを考えて仕事も何もほとんど手につかなかった。
だが、考えて分かることなどなかった。
はっきりしているのは今日いくらかの答えが明かされるだろうということだけだ。自分でどうこうできるものは一つもない。そう。分かったことといえば、今の自分の運命が見ず知らずの他人の手に握られているという事実くらいだった。
しかし今は落ち着いたものだった。ある意味、諦めがついてしまったのかもしれない。俺がどうあがこうと、何も変わらないんじゃないかという諦めが。
スーツを着て、部屋を出ることにした。1時からの待ち合わせに時間をとられるかもしれないので仕事はできる限り済ませておく必要があった。
会社にはまだほとんど人影がなかった。真二はがらんとしたロビーをぬけ、エレベーターに乗って自分の仕事部屋へと向かった。
こういうときは例にも漏れず時間がゆっくりと進むもので、机に向かっている2時間が4時間にも6時間にも感じられた。
朝会に出向いてから、部屋に戻って仕事を再開した。しかし、効率よく進んだのは1時間かそこらで、11時になる頃には、手が動かないといっていいほど少しも書類の文書に集中していられなかった。
動悸を抑えようと真二は窓を開けて深呼吸をした。窓を開けると車の騒音が部屋の中へと流れ込んできて、かえって落ち着かなかった。
ここから落ちたら死ねるだろうか。
ふとそんなことを考えている自分に気づいた。
自分の考えに驚くということはなかった。自殺を考えるのは頻繁というほどでもないが、少なくもなかった。いつもは仕事や生きがいのなさに絶望するけれど今日はまた違うことが真二の背中を押していた。




