第2章(9)/6
消えたとおもっていた恐怖が一気に押し寄せてきて、真二の体を丸ごと飲み込んだ。
冷静になれ。震える右手を左手でつかんだが、止まることはなかった。手紙を離して両手で頭をつかんだが、今度はじかに腕の震えが伝わってきた。
真二は立ち上がった。どうして立ったのか分からないほど無意識の行動だった。この手紙を持って兄貴達に電話で話をするためだろうか。それとも、隠しとおすことを決心したのだろうか。しかし、真二にはリビングに足を運ぶことも、ポケットに封筒をしまいこむこともできなかった。
何かをしなければいけないのだ。どちらかを選ばなければならない。
真二は手紙のことを話したらどうなるのかを想像した。
誰かに恨みを買っていたんじゃないかとまくし立てる兄貴に、そんな覚えはないと説得しようとする。手紙を警察に預けて事情聴取を受けることになり、警察署へと向かう道中携帯に幾度となく小暮から戻って来いというメールが届いてくる。こんな時に休まれたら困る。お前は今うちの会社ががどれだけ忙しいか分かっているだろう。身に覚えがないんだったらわざわざ行く必要なんてないんだ。早く戻って来い。・・・戻れるものか。血眼になって娘を探す両親の目の前からどうやって逃げ出せというんだ。そして、美穂ちゃんは見つからない。いや、見つかるかもしれないが、少なくともそこにはもう以前までの美穂ちゃんはいない。外に出ることにおびえ、人と話さなくなり、家に引きこもるようになるかもしれない。最悪、殺されていることだって考えられる。そして、兄貴達がその怒りや憤り悲しみ恨みを向けるのは真二しかいない。本当な何か知っているんじゃないのか。じゃなけりゃ、なんで美穂がこんな目にあわなくちゃいけなかったんだ。教えてくれよ、真二。なあ。教えろ。
俺にはできない。できるはずがない。このまま手紙を隠して誰にも話さずにいられるのならどんなにいいだろう。
美穂ちゃん、答えてくれ。俺がこの手紙を警察に持っていって、何が変わるんだ?君が救われるか?それともこの手紙を使えば犯人は捕まるのか?本当にそうなのか?
いや。捕まりはしない。何も変わらないじゃないか。だったら、どうせ意味がないっていうなら、この手紙を兄貴達に渡さないことの何がいけないんだ。
手紙をポケットに入れ、真二はベットに座り込んだ。
どこからか救急車のサイレンの音が聞こえてきた。そんなに遠くでもなく、だんだんと小さくなっていくサイレンは、近所から発車したものなのだと分かった。電話をしていた時にやって来ていたから気づかなかったのかもしれない。急病人がいることを告げる警報の音は、真二にも最後の警告を行っているようにも聞こえた。
真二はサイレンの聞こえなくなるのを待った。ポケットに加わったわずかな重みを感じながら、両手に顔をうずめてただひたすら待ちつづけていた。




