第2章(8)/6
知らせなければ。この手紙があったことを、「約束通り」とはどういう意味なのか兄貴たちに知らせなければならない。
真二は立ち上がろうとしたが、その体は意思に反してピクリと止まった。頭の中で全く思いがけない考えが膨らんで、真二の足をつかんでいた。
もしもこの手紙を持っていたことを知ったら兄貴や京子さんはなんと言うだろう。真二がこの手紙に書かれている指示に従っていたのならば美穂ちゃんは連れ去られたりしなかったのだ。そもそも、美穂ちゃんは俺のせいでこんな事件に巻き込まれたということになるんじゃないか。そして、実際その通りなのではないか。
歯軋りをせずにはいられなかった。こんなことを知られたら、俺にはもう兄貴たちに合わす顔がない。第一この手紙を渡して何が変わるというのだろう。犯人の指紋を見つけたいなら、兄貴達のところへ届いた手紙を見ればいい話じゃないか。
隠さなければ。
真二がこの手紙を受け取ったことを、誰にも知られてはいけない。
手紙はどう処理すればいいだろう。机の中や家のゴミ箱に捨てるの見つかってしまうんじゃないだろうか。やはり捨てるのならば駅のゴミ箱や会社の近くなどどこか遠くのところがいい。
真二は手紙をコートの内ポケットにしまおうとして、再び思いとどまった。
この手紙があれば、犯人が誰なのか分かるかもしれないじゃないか。そうしたら美穂ちゃんを助けることができるかもしれない。それをたかだか自分の体面のためだけに隠すなんて、許されるわけがない。
真二はあらためて、自分の考えていたことに愕然とした。
俺は何をしているんだ。
めまいが巻き起こって部屋の机が、天井が、床がぐるりと円をえがいて歪み、真二は頭を抱えてうなだれた。
どうしたらいい。どうしたらいい。どうしたらいい。
真二は狂ったように目だけを動かして、まるでどこかに自分を救う解決策が隠されているのではないかという風に部屋の中を駆け巡った。視界のなかの物があちこちに飛び回り、行ったり来たりを繰り返していた。自分の精神がその行為だけで何とかつなぎとめられていて、目を動かすのをやめたらあらゆる恐怖や不安が押し寄せてくるような気がした。
バカらしい。
落ち着くんだ。俺らしくもない。
真二は目をつぶって、じっと暗闇の中を見つめた。
こういうときこそ、落ち着いて冷静に考えなければならない。今までだって大変なことはいろいろあった。そして、どんな時だって、俺は自分でも信じられないくらいに冷静でいられた。なのに今日に限ってどうしたっていうんだ。同じことじゃないか。冷静になれ。
まずは自分を第三者の視点で見ればいい。いつものことだ。
真二はもう一度、自分の手の中にある手紙に目を向けた。そこにはさっきまでの焦燥は消え去り、しっかりと現実を見据えて状況を把握しようとしている自分がいるはずだった。自分を取り戻すことなんて造作もない。真二は小さい頃から、それこそまだ小学校に入りたての頃からどんなことにも動じない強い心を持っていた。それは同じクラスの友達の中で自分だけが特別な存在であるということを噛みしめるようでいつも真二に底知れない自信を与えてくれた。俺にはその心の強さがある。
あるはずだった。しかし手紙を握った手は小刻みに震えていた。




