第2章(7)/6
「心配かけて悪いな。あとは俺達で何とかするから」
「大丈夫なのか?なにかあったらすぐうちに電話してくれよ」
分かった、と一言いって電話は切れた。
「こんなことが本当にあるんだな」
真二は呆然となってつぶやいた。
「無事なのかしら、美穂ちゃん・・・」
答えるべくもなく真二は好子の言葉を無視する形で居間から出て行った。
自分の部屋に入って、真二はベットの上に腰掛けた。頭の中は突然の出来事に混乱してまるで宙に浮いているかのようだった。
全く、現実味というものが感じられない。ぼんやりとスーツを調えながらようやく自分の兄の娘がいなくなったということのイメージが沸いてくる。美穂ちゃんが車に押し込まれる光景、兄貴達が警察と話している姿、そんなものがつぎつぎと浮かんでは膨れ上がっていった。
美穂ちゃんは誘拐された。それだけは確かなのだろうと真二は思った。そして、おそらく無事に帰ってくるということはない。たとえ無事に帰ってきたとしても、外見に何の危害も加えられていなかったとしても、知らない人間に連れ去られるという異常な経験はそれだけで相当なショックを本人の残すことになるだろう。小学生の女の子が背負う思い出にしては、十二分に重いトラウマには違いなかった。
なんという不幸だろうか。
けれど、それだって無事に帰って来れるに越したことはないのだ。美穂ちゃんは今、どこで何をしているのだろう。
それ以上考えることが真二にはできなかった。想像すればするほどに、自分の考えが闇の中に突き進んでいくみたいで怖かったのだ。こうなったらなるようにしかならない。今ここで俺がどうこうしようと事態が良い方向に進むなんてことはないんだ。そう自分に言い聞かせた。そうして、弾みをつけるようにしてベットから腰を上げた、そのときだった。
床に1枚の封筒が落ちているのに気づいた。
青い封筒だった。真二ははじめ足元に落ちているそれを見た時どうしてこんな物が自分の部屋にあるのかと不思議に思い、とっさに、まさか好子が知らないうちに入って落としていったのだろうかと疑った。無意識にスーツをいじっていたので、まさにそのポケットからそれが落ちたということに真二は気づいていなかった。
いぶかしげに拾い上げて表を返した。そして『青島真二様』という言葉を見つけたとたん、脳裏に電撃のように記憶が駆け巡り真二は全てを思い出した。
引っ張り出すかのように封筒の中から手紙を取り出した。三つ折の白い封筒を指先に握る両手の動きがまるで冬の冷気の中に放り出されたかのようにぎこちないのを見て、えたいの知れない恐怖が全身に這い上がってきた。今朝この封筒を見つけたときと同じだ。まるでデジャビュじゃないか。
今朝ビルの外に立っていた時の光景が鮮明に浮かび上がり、白紙の中に一文ワープロで書かれた文章が頭に飛び込んできて、手元の手紙と重なった。
間違いじゃ、ない。確かにそこには真二の恐れていた物があった。
1月5日の午後1時ちょうどに、○○駅前の喫茶店『ブルボン』に来い。来なければ身内の人間に危害を加える。
どうして今の今までこの手紙のことを忘れていたんだろう。絶望のふちから突き落とされた気分で、真二はそこから目を離せずにいた。
もはや疑いようがない。こいつは悪戯でも他の「青島真二」にあてられた物でもなく、正真正銘本物の脅迫状だったのだ。
ベットの上に腰がどすんと落ちた。体重と同時に、体内にあったエネルギーや活力が全て地面にひきつけられそのまま下へ下へ溶け落ちていくような感覚に襲われた。頭の中から血が引いてゆき、めまいがした。一瞬視界が歪んだが、それでも手紙が見えなくなるということはなかった。




