予章(3)
「どうせ何もしないで逮捕されるというのなら、私はできるだけのことをする。証拠なんて消してしまえばどうにでもなる」小暮は突然こちらを向いた。「青島」
「はい」唐突に呼びかけられて、真二は思わず身構えた。
「橘組側とのコンタクトはどうなっている」
「羽鳥のことですか?」
真二は答えに迷った。本当のことを言ってしまえば、交渉は全く進んでいない。けれどもこの場でそんなことを言ってしまったら、5人の絶望感はさらに深まるにちがいなかった。今まで羽鳥とのコンタクトを行ってきた者として、今の状況を作るきっかけを生んでしまった者として、真二にはそんなことはできなかった。
「現時点ではあまり歯ごたえがあるとはいえませんが、この資料を見せつければ、相手も多少態度を変えてくると思います。今までの出来事が全て警察に露呈されると知れば、無視はできないでしょうから」
「少しの間の時間稼ぎにはなるな」と橋元がうなずいた。
田中は役員達のやり取りを脇で聞きながら、目の前が真っ暗になるのを感じていた。この人たちは、本当に何も分かっていない。自分たちが今どんな立場に立っているのか、それさえも理解できていないのだ。
ばかばかしい。俺は一体何のためにここに来たんだ?体の周りの気圧が一気に上昇する感覚に包まれて、気付くと田中を怒鳴り声を上げていた。
「いい加減にしてください!」
全員の視線が田中のほうへ向けられた。今まさに何かしゃべろうとしていた橋元も口をつぐんだ。
「あなたたちは目先の問題について考えているだけで、現実を見ていない。警察の動きをこれだけ見せつけられておいて、いまさら証拠の隠滅や、暴力団との問題を議論して、何になるというのです!」
声は会議室中に響いた。
「もうやめましょう・・・・こんなことは。せめて最後に、奴らに一泡吹かせてから締めくくりましょうよ。それがわたしたちが堂本にできる、唯一のはなむけじゃないですか・・・・」
最後の言葉は震えるのを抑えきれず、田中は言ってから、こらえきれなくなって顔をうつむけた。悲しみの波が、嘘みたいに胸の奥からあふれ出してきた。
田中の脳裏に、堂本のあの屈託ない笑顔が浮かんだ。笑顔に続いて次々といろいろな場面が頭の中に蘇った。消そうと思えば思うほどその姿はより鮮明になり、記憶が際限なくつむぎだされた。胸にこみ上げる熱が田中に思い出のつらさを教え、忘れようと努めていた後悔の念が再びこみあげてきそうになった。
俺はなんて馬鹿だったんだろう。
田中は自分の身勝手さに吐き気を感じた。




