第2章(6)/6
いきなり飛び出してきた好子を見て、真二は思わず息を呑んで固まってしまった。
「大変なのよ、いま電話をもらったんだけど・・・」
「どうしたんだよ」
好子はどちらかといえば色白なほうで化粧も少し厚く塗るタイプなのだが、今目の前にいる彼女の顔はそういうことではなく本当に白かった。
「弘昌さんとこの美穂ちゃんがまだ家に帰っていないって。まだ電話つながってるから、出てちょうだい」
「本当なのか」
弘昌は真二の兄であり、美穂はまだ小学生の長女だった。東京に出てきた真二の代わりに地元の福島に残って近くの中小企業に勤め、両親と同居していた。東京に引っ越して好子と結婚した当時は年に五回以上は会いに行っていたのだが、だんだんとそういう機会も少なくなってゆき、最近は仕事が忙しかったりして年に2度お盆や正月に会う程度だった。今年は正月に集まらなかったので、美穂ちゃんのことはしばらく見ていない。内気で、どちらかといえば人と積極的には話したがらない子だった。
真二はすぐにリビングへ飛んでいって電話の脇に置かれていた受話器をつかんだ。
「兄貴か」
「いたのか、真二」
弘昌の声は力なくしおれているように聞こえた。今にも崩れ落ちそうになるのを必死にこらえている。
「いま、どうなってる。美穂ちゃんは見つかりそうなのか?」
「いや」今度は確かに声が震えていた。「さっきまでずっと近所を探していて、警察にも捜索届けを出したけど何一つ分かってないんだ」
「それは・・・目撃者とかも見つからないってことか?」
「最後に学校を出たのはいつとかなら知っている人がいたけれど・・・」弘昌はここで一度口を詰まらせた。「警察は誘拐や事故の可能性もあるって言っている」
「そうか」
なんと言ったらいいのか分からなかった。自分の娘が行方不明になった。それもまだ小学生だ。とりあえず勇気づけなければならないのだと気づいて、真二はなんとか言葉を探した。
「家出とか、どこか友達の所に行ってるとかはないのか?」
「とりあえず学校の友達の家には一通り電話してみたんだけれど、誰も知らないって言ってた。それに家出なんて・・・俺の知る限りでは最近そんなに叱ったりしたこともないし、京子も家出じゃないって言ってる。それに・・・」
「なに?」
「へんな手紙があったんだよ」
同時に、受話器からため息が聞こえてきた。その音から伝わってくる底知れない絶望感だけで真二は胸にすっと冷たい物が流れるのを感じた。手紙?何の?
「封書に、ワープロで一文『約束通り、倉田美穂はさらってゆく』って書いてあるんだ。差出人の名前もないし、ちょうど4時ごろにポストの中に入っていたのが見つかった物だから、多分悪戯とかそういうことでもない」
虚をつかれて返事をすることができなかった。一瞬だが、遺書なんじゃないかと考えてしまったのだ。だが誘拐を告げる手紙にしても真二には十分な衝撃だった。
「『約束通り』って、何か心当たりはないのか」
「あるわけがないだろ。京子の知り合いにも、俺の会社の人とかにしてもそんなことは全くない」
けれどもその文書には、まるで美穂ちゃんを誘拐することをあらかじめ取り決めていたような言葉が書いてある。わけが分からなかった。前から決められていた計画。そして手紙。
いや、もしかしたらその手紙は誘拐犯が警察の捜査をかく乱するために作った嘘偽りの物なんじゃないだろうか。あたかも犯人が美穂ちゃんに家族の知り合いか、恨みを持った人物のように見せかけて自分は悠々とどこかに隠れているのではないか。
それとも。まさか本当に『約束』があったのだろうか。犯人と約束を交わしたのは別に弘昌たちと限ったことじゃない。
誰かが依頼し、依頼された人間はそれを遂行する。しかしそうすると目的が分からなかった。だいたい何のために当に被害者の家に手紙を送るのだろうか。復讐?あてつけ?考えれば考えるほどなにが何なのか分からなかった。




