第2章(5)/6
思えば3日ぶりの帰宅だった。
真二は駅の階段を外へと下り、ひっそりと静まった民家の郡を上から眺めながら今さらのように思い出した。
一つ一つの家から漏れ出ている小さな光には都会の夜景とはまた違った幻想的な面持ちがある。真二は昨夜会社のビルから眺めた外の景色を思い出して、千葉の一角にある、まだ快適とはいえない風景とを見比べながらしみじみと感慨にふけっていた。若くてまだ入社したての頃は、仕事が終わったという開放感からなのか、その日に持って帰った疲れが多い日には決まって似たような感慨を覚えたものだったが、それもいつの頃からかあまり感じなくなった。感動そのものを疲労として受け取るようになったせいかもしれない。はたまた仕事や出世のことが頭の中を占めるようになったからだろうか。とにかくそういう感動とは離れて久しかった。なのに、真二は今目にしている風景の中に、昔感じたのと同じ懐かしさや、涙腺を突いてくるような安堵感を覚えずにいられなかった。いままで麻痺していた感情が急に思い出されたかのようだった。
ここに引っ越してからかれこれ6年がたった。はじめ来た時は今よりさらに何も無かった田舎町にも段々と家の数が増えはじめ、大規模なショッピングモールや大型スーパーが立ち並ぶようになり、逆に駅と家との間にあった昔馴染みの家屋や商店は少しずつなりを潜めていった。真二はあまり近所の散策をしたりはしないけれど、きっと町中で同じような光景が見られているのだろう。日本中のこういう町にしたって同じなのだ。新しいものが立ち並び、古い建物は次々と消え去ってゆく。人もしかり、年老いた、人生経験の豊かな人間は次々と亡くなってゆき、新しい人間で埋め尽くされるようになる。かつてある外国人が「世界で一つの民族だけが生き残るとしたら、それにもっともふさわしいのは日本人だ」と評した「日本人らしい日本人」など、すっかりいなくなってしまうのだろう。そこには、日本人は細かいところに気が利くだとか、勤勉な性格だとかいうハンデは存在しなくなるのだ。日本人は諸外国の人間と同じスタート地点、いや、競争社会になじめないという点で数歩分送れた場所からスタートして、戦っていかなければならない。かつては湯水のように金が溢れ、いまや世界最貧の地にまで成り下がったマリ王国の辿った道を、日本もまた歩んでいくのだろうか。しかし、それ以上は考えたくなかった。
真二は一輝の教育に関してはあまり干渉していないので良く分からないが、たまに早く家に帰ってみると(本当にたまにだけれど)塾に行っていてまだ帰っていないということがあった。高校生とはいえ、夜の11時に外にいるというのには大いに驚かされた。自分の学生時代にはそんなことは考えられなかったのだ。結局その日は好子と口論になってしまい、そこへ一輝が帰ってくるという気まずいことになった。あなたは子供のことに全然関心がないくせにいちいち変な口出しをするな、とか、今の子供達にとって何が普通かなんてあなたには分かっていないんだと言われた時には真二もさすがに傷ついたし、憤慨もしたが、後になって考えてみると自分は確かに一輝のことなんてよくは分かっていないのかもしれなかった。そもそも小さい頃から仕事で忙しくて人並みにどこかに連れて行ったり、一緒に遊んだりすることもできなかったのだ。一輝にしても好子にしても言いたい事はあるかもしれない。けれど、だからといって家族のために毎日苦しみに耐えて働いている真二の立場がこうも軽んじられて、それでも黙っていなければならないというのはどうしても我慢ならなかったのだ。もっとも、何をしているから何をする権利があるなんて話をしてもきりがないのは真二にも分かっていた。だからどこかで互いに妥協をしなければならない。しかし、二人にはどこが妥協点なのかが分かっていなかった。
気づくともう家についていた。財布の鍵でドアを開けて中に入って靴を脱ごうとした時、突然居間の扉が飛び出すように開いた。




