第2章(4)/6
「宗教なんて言ってみれば信者をどれだけ満足させるか、というだけのことじゃないか」
「だが、その宗旨が間違っているとも言い切れないじゃないか。どうも、青島君」
浅井が声をかけてきた。橋本もこちらに気がついて挨拶を寄越してきた。浅井と橋本は二人とも40中ごろの真二よりも20歳近く年上で、浅井のほうはこの会社の常務、橋本は副社長をそれぞれ務めており、かつ真二と同じく代表取締役でもあった。当然この役職に関しても年齢にしてみても真二の大先輩で、立場は近くても日常でのこの二人に対しての上下関係ははっきりしていた。
「何の話をしていたんですか?」言いながら席に着いた。
「宗教は善か悪かって話だよ。青島君はどう思う?」
「私にはそんな難しいこと分かりませんよ。それに、宗教といっても、一概に言い悪いって言えることかもどうか・・・」
「ほら、青島だってこう言ってる」橋本はそう言ってしてやったりという風にニヤリとした。「全部が全部悪いなんて、考え方に偏りがあるんじゃないか」
「別に悪いとは言ってない。意味がないんだよ」
「それはつまり悪いってのと同じに聞こえるけどな」
「意味がないってのは、教え通りのことをしたって極楽浄土や天国には行けないってことだよ」
「どうして?全部の宗教の教義を見てきたってわけでも実践してみたってわけでもないのに何を根拠にそんなことが言えるんだ?」
「根拠はあるさ。なぜなら、あらゆる教義は全部“人間”が作ってきた物なんだからな」浅井はそこでこぼすような小さな笑みを漏らした。まるで病人のような影のかかった笑い方で、真二にはそこから浅井の底の見えないような深い疲労の色が読み取れた。突如、原因の分からない恐怖が背中を走った。
「人間が作ったって事は、結局その教義の中には必ず作った人の“望み”が込められている。よく分かるような例を挙げるとすれば、そうだな、例えば『神のもたらす幸福』だとか『死後の極楽』とかがあるし、もっと言ってしまえば、この世の成り立ちや生きる意味が知りたいっ、ていうのもそうだな。いや、一番強いのがそれなんだろう。自分がどうして生きてるのか知りたくなるのは誰だって一度はあるし、往々にして答えが見つからないからな。だから、無理やりにでもそこに意味をつけようとする。彼らには絶対的な根拠なんていらない。一瞬に感じた感動、夢の中に現われた神様、ちょっとした実践とちょっとした成功例、なんだって『神の啓示』だとか『真理を悟る瞬間』に差し替えてしまう。そしてそこに疑問などないんだろう。あったとしてもまずは忘れようと努めるものだ。だから、所詮それらは人間が自分達の“望み”を満たす物であって、数学や物理のような真実は持っていないんだ。そして、彼らは自分たちのことを否定するものに恐怖し、怒りを覚え、排除しようとする。自分達の『真理』を守るためだ。その『真理』のおかげで満たされていた自分達の疑問に対する答えや、人生の充実感、未来への安心感を奪われないようにするために彼らは戦うんだ。もっとも、宗教戦争には宗教に対するこだわりの他にもいろいろと原因はあると思うけれど」
「だけど、その考え方には一つ大きな穴があるぞ。もしも、地上に現われた現人神とか真理の啓示とかが、本物だったらどうなるんだ」
「それは――」浅井は間を置いて息をついてから、今度はさっきよりも大きく笑った。「論外だろ」
真二も思わず笑ってしまった。確かにそうだけれど、それを言ったらおしまいだろう。
部屋の扉が開いて堀口と小暮が入ってきた。
「待たせたな」
「いえ」
2人が席に着いた。
「では、始めるか」




