第2章(1)/6
6
1月5日
冷たい風が吹いていた。真二は肩をすくめて道路のほうへと歩み寄った。外はまだ夜が明けきらず、人は全く見当たらなくて車がときおり思い出したように通り過ぎてゆくだけだった。
頭がずきずきと痛むのを我慢して大きく息を吸い込むと、首筋に一気に冷気が忍び込んで思わずぶるりと震えあがった。目を覚まそうとして出てきたけれど、このままでは風邪を引いてしまう。真二は昨日から一睡もしていなかった。仕事が手間取って、ついさっきようやく全ての課題が終わったところだった。
正月とはいえ休みを取ることはできない。仕事は山積みで家に帰る時間もなかなかとれず、今日のように徹夜になることもたびたびだった。不意に、今ほど忙しくはなかった平社員の頃がひどく懐かしく思えてきた。中に入って温まろうときびすを返したとき、はじめてビルの自動扉の横におかしな紙が貼り付けられているのに気がついた。近くに寄って見てみると、それは何の変哲もない青い封筒だった。普通と違うのは、真ん中に一文、ワープロで文字が打たれていることだけだった。
青島真二様
そこに書いてあるのが自分の名前だというのに気づくまでに一瞬かかった。広告でも人探しでも悪辣な悪戯でもなくて自分の名前があるのに、真二は驚きよりも先に違和感を感じた。
ポケットから手を出してそれをはがし取った。裏にはいくつもいくつも丸められたセロハンテープが貼り付けてあって、取るには手間がかかった。風に吹き飛ばされないためだろうか。そういえばこんなもの昨日は無かったはずだ。社員の誰かが帰るときに貼り付けていったのだろうか。
もしかしたら同じ名前の別人にあてたものじゃないかとも考えたが、そのときには既に封を破り取った後だった。中には三つ折の上質紙が一枚入っている。真二は開いて中身を見た。
1月5日の午後1時ちょうどに、○○駅前の喫茶店『ブルボン』に来い。来なければ身内の人間に危害を加える。
書いてあるのはこれだけだった。『家族に危害を加える』・・・脅かそうとするんだったらもっといい文句があるだろうに。真二は小さく笑った。それからふとまわりを見回した。真二が昨日最後にここに来たのは夜中の3時頃だ。だとしたら悪戯の主がこの手紙を貼り付けていったのはついさっきのことで、もしかしたらまだその本人が近くにいるかもしれないと思ったからだ。こんなことのために早朝出勤するなんてよっぽど暇な奴なんだろう。はたまたリストラされた奴が腹いせにしたことか?
しかし、辺りにそれらしき人影は見当たらなかった。怪しい人間どころか人の気配すらしないのだ。あるのは、ビルに吹きつけて悲鳴を上げている風の音くらいだった。
真二は封筒をポケットに突っ込んで、自動ドアを抜けた。悪戯でも話のネタくらいにはなるかもしれない。
だが、建物に入ってエレベーターに乗り込んだ頃には、真二の頭の中は再び仕事のことでいっぱいになってポケットの中の封筒のことなど忘れてしまっていた。




