予章(2)
小暮はきっと目を上げていった。
「たとえ君がなんと言おうと、私は会社を出て行くつもりはない」
田中は答えに困って一瞬うろたえて見せた。それからおもむろに大きく息を吐いた。吐き出した息が心の中の憤りに火をつけて燃え上がり、田中の口をついて出てきた。
「どうして分かってくれないんです?」
小暮の頬に痙攣が走った。
「分かっていないだと?!分かっていないのは君のほうじゃないか!われわれはこのことが見つかれば破滅するんだ。財産も家庭も地位も体面も、この先の人生全てが消えてなくなるんだ!自首すればどうにかなると思っているのか?罪が軽くなればそれだけで十分だといいたいのか?君は何も分かっていない。たしかにそうかもしれない。どうせ逮捕されるなら自首したほうが言いなんてことは、私にだって分かっている。だが、逮捕してつかまっても、自首してつかまっても、結局は同じだ。全て破滅するんだよ!」
ばんっと大きな音を立てて小暮の両手が机を叩きつけた。振動が真二の手元にまで伝わった。
息を切らして目をギラギラと光らせていた小暮から、とつぜん空気が抜けたように怒りが消え去り、その顔が悲しみであふれだした。まるで、声に出していってしまったことで今まで見えていなかった現実の全てが急に目の前に姿を現して、小暮の表情に影をおろしたかのようだった。
「どうして・・・・こんな目にあわなきゃならない・・・・。どうしてわたしたちがこんな目にあわなくちゃいけないんだ」
真二はたまらなくなって顔を伏せた。机の上、目の前に田中の作った資料があった。
俺が横須商券に勤めていなければこんなことにはならなかった。俺が横須証券株式会社の専務をやってさえいなかったら、目立った職についてさえいなかったのなら、こんなことにはならなかったのだ。
「やめましょう・・・・。いま嘆いたって仕方の無いことです」
橋元が消え入るような小さな声でささやいた。不気味で、悲痛な沈黙が流れた。
「わるかった。もう取り乱したりしないから、続けてくれ」
言葉を次ごうとする者はいなかった。誰もが口を閉ざしたまま、丸々1分くらいの時間が流れ去っていった。
こんな会議を開いて何の解決になるのだろう。暴力団に寄生され、息も絶え絶えの会社に、生き残るすべなど残されているのだろうか。真二には何をどうすればいいのか分からなかった。解決なんてものはありえない、全てが手遅れなのだと、知らない声がささやいていた。あの男の死も、伊横須証券役員6人の運命も、この会社の末路も、全てはこの茶番が始まった時から決まっていたことなのだ。いまさらどうあがいたって、何も変わりはしない。
「…このままではだめだ」
田中の声が会議室に響いた。真二は顔をあげて田中のほうを見た。
「奴らの動きを放っておいたら、どのみちこの会社は今よりずっと悪い目を見ることになるんです。仮にあなたたちが捕まらなかったとしても、それだけは決して変わらない。私たちには何の対抗策も残されていないんです」
「ならば考えるのだ」小暮が答えた。




