第1章(14)/5
期待で胸が膨らんだ。宮元は抱えていた書類の一番上の紙を引き抜いて手渡してきた。紙面には6人分の顔写真と住所、それに1人1人の出身地や卒業した学校の名前が載っていた。
「俺の友達の亀山からちょうど昨日もらったんだ。首都圏出版の編集部で働いていて、前に自分達が参考にした資料なんだけど、お前のことを話したら、取材はもう終わってるし羽間出版ならあげちゃっても大丈夫そうだからってくれたんだ。まあ、言っちゃえばうちなんか競争相手じゃないってことだな」
「本当にいいのか?」
「ああ。でもよそに流すようなことはするなよ。亀山に迷惑がかかるし、俺も困る」
「わかってる。ありがとな。亀山さんにもお礼言っといてくれよ」
これでまた取材が続けられるのだ。2ヶ月かけて一人の住所を調べるので精一杯だったのが、ほんの10秒足らずで全員の情報が手に入るなんてまるで夢のようだった。既に手をつけられているという事も全く気にならなかった。
「それともう一つ別のところで面白いことを聞いた。役員の一人の青島真二って人はどうやら橘組の組員と昔からコンタクトがあったらしい」
「橘組?何でそんな・・・」
橘組といえば一昨年の銃撃事件で話題になった指定暴力団だ。暴力団と証券会社の社員がつながっていたなんておかしな話だった。
「確かな情報じゃないしただの噂かもしれないけど、本気で調べるつもりだったら組に乗り込んでみろよ」
笑いながらそういって、宮元はコピー機のもとへ去っていった。
面白いかもしれない。横須証券の専務と橘組組員。それも、複数の役員ではなく青島真二にだけ繋がりがあったといからには、2人に何か特別な接点があったのだ。
前田はもう一度宮元からもらった紙に目を通した。
『青島真二・・・経歴:北芝小学校―吉正寺中学校―早稲田高校―早稲田大学』
将来の暴力団組員に早稲田で知り合ったとは考えにくい。とすると青島真二が問題の人物と知り合った可能性が考えられるのは、北芝小学校か、吉正寺中学校のどちらかだった。この暴力団員というのが青島真二や残りの役員の手を引いて今回の事件を起こさせたと考えることもできる。噂とは言えど、調べてみる価値はありそうだ。
そのとき、前田は誰かのデスクの前で人だかりができているのに気がついた。山口の所だ。6,7人が集まって、デスクの上の何かを全員でみつめている。突然、その中の一人がそこから抜けだして、編集長の加持の所へと駆けていった。何が起こっているのだろう。前田は立ち上がって山口のデスクにまで向かった。
台風の突風と雨粒の嵐が激しい音を立てて建物をたたきつけ、体がびくりと窓のほうを振り向いた。窓の外は滝のように落ちてくる雨でほとんど視界のきかない状態だった。
山口のデスクで皆が見ていたもの、それはパソコンの画面だった。一瞬いかがわしい物でも見ているのだろうかと想像したが、そこから聞こえてくるのは想像とかけ離れた、硬く張り詰め、緊張した男性リポーターの声だった。前に立っている奴の背中から覗き込むようにしてみると、リポーターは吹き荒れる風と豪雨の中をマイクを片手にどこかの建物の前に立っていた。すさまじい風の音とパソコンの音質の悪さが災いして声は少し聞き取りにくかったが、それでも何をいっているのかは理解できた。画面の下にテロップが出ている。
『横須証券役員 殺人事件に関与』
「殺人?」
思わず声を上げてしまった。前田は信じられない思いでまばたきをし、もう一度テロップを見た。しかしそこに書いてあることは見間違えでもなんでもなかった。確かにあの横須証券の役員が殺人に関わったと書いてある。これはどこの番組だ。でたらめなことを言ってるんじゃないのか。けれど、嵐の中、マイクを握って中継を伝えるリポーターの声から冗談のような物は感じられなかった。
「はい。私は今横須証券本社ビルの前に立っています。5月13日、ちょうどこの場所で、横須証券の役員6人は逮捕、連行されました。そしてつい先ほど警視庁出記者会見が行われ、その役員6人が殺人事件に関与していたということがわかったのです」
画面か切り替わり、記者団のカメラとフラッシュを前に会見文書を読み上げる警察官の姿が映った。