第1章(7)/2
「それにしても、何か意図でもあったのかな。俺だったら自分の会社の悪いニュースを流そうなんて思わない」前田はつぶやいた。
「ということは、あれは横須証券の社員じゃなかった、ってことか?」
「普通に考えたらそうだ。でも、部外者がどこでそんな情報を得るんだ?」
「警察だったら簡単に分かる」宮元が提案した。
「警察官が、たとえ面白そうだからってこんなことするか。だいいち警察にしてみたら、マスコミに知られるのは逆に迷惑だろ」コーヒーを飲もうと手を伸ばしてから、前田は空になったカップを不満げにみつめた。「事件に絡んだ人物が密告したとか?」
言ってから、ありえないことだと気づいた。放っておいても世間のさらし者になった事件を、何で前もってアピールをする必要があるのだろうか。そもそも、事前に情報を得ることができて、且つこんな真似をするだけの目的を持つ人間がいるだろうか。
「まあ今後の展開しだいでわかるさ」宮元はポケットから携帯を取り出した。「もうニュースが流れてる頃だろ」
見せてくれと言って画面を覗き込んだ。ボタンを数回操作すると、横須証券本社ビル前の映像が画面に映し出された。リアルタイムではなく、逮捕劇の様子をプレイバックして流したもので、画面はひどく横揺れしていた(宮元はどこにも映っていなかった)。 逮捕された6人の顔のアップが次々と映され、記者達の絶叫に近い質問の声と、役員5人の無言とがテロップとなって表示されている。5人の顔は、土気色といっていいほどに青ざめていて、ひっきりなしに浴びせられるフラッシュの光のせいで余計に白く見えた。
音楽とともに映像が切り替わって、正面に女性キャスターが現れた。
『今日午前7時50分ごろ、本庁は株式会社横須証券の役員5人を、証券取引法違反の容疑者として逮捕しました。突然の逮捕に、これから日本の株式市場に大きな影響が出ることが予想されており、また、横須証券が進めていた山本ファンドの買収についても、今後変化があるものと思われます。今回横須証券が行ったとされている不正取引とは、先月6日に・・・・』
証券取引法違反なんて、ちょっと遅れてる。いちど世間で騒がれた事件ていうのは、汚職事件を除けば、当分の間は起きないものだと思っていたのに、とすると、横須証券はなかなか懲りない会社だった。
そのとき、前田は不意にあることを思いついた。
「なあ、この事件を『モダ―ン・タイムズ』に載せられないかな。トップ記事としてさ」
「そりゃ無理じゃないか?『モダ―ン・タイムズ』じゃ昔の事件しか扱わないし・・・」
「違うんだ。今回の事件と前にあった事件を一緒に書くんだよ。昔流行した証券取引法違反の犯罪を題材にして、今回の事件はその照らし合わせの材料にするんだ」
「なるほど、いいんじゃないか。加持さんに相談すれば載せてくれるかもしれない。旬のニュースと関連づけて発行部数もアップってわけか?」
「そうじゃない」前田は身を乗り出して言った。「このままじゃいけないと思わないか」
「何がさ」
「このままじゃ、羽間出版はずっと保守的で流行おくれな出版社だ。ほとんどの人たちには見向きもされないような雑誌を書き続けて終わっちまう。そろそろ新しい物にも目を向けていかなきゃだめだろ」
宮元は突然口元に笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、どうして羽間出版なんかに入ったんだよ」
「入った時はこんなこと思ってなかったんだ」
宮元はコーヒーを一気に飲み干してから反論した。
「分相応ってものがあるだろ。最新のニュースを追いかけるノウハウも何も無い俺達にできることなんて、高が知れてる」
それを言われたら、元も子もない。
「とりあえず、やれるだけやってみるさ」
「応援はできないぞ」
「まあ精一杯がんばるよ」
なんかあったら、途中経過だけでも教えてくれ、と言って宮元は笑った。
そう、とにかくやってみないことには何も始まらない。まずは役員の経歴を詳しく調べてみることから始めよう、と心の中でつぶやいて、残りコーヒーを勢いよく飲み干した。