表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
棲むもの  作者: くれり
2/2

少年の霊

 その夜、かおりは懐中電灯を手に持ちお守りを首からさげ、背中のリュックの中には、万が一のナイフと神社から汲んできた水を入れたペットボトル、銀紙に包んだ荒塩とお酒も入れた。

 弟を助けなきゃ……その一心で旧校舎の前に立ち、かおりは自分を奮い立たせる。

 入り口の玄関は完全に板で打ち付けられているので、真ん中辺りの開いている窓から中へと入れた。

 弟がいたのは、確か二階だ。

 一歩踏み出すたびに、軋み出す床。暗闇を反射する窓。まとわりつく空気すら、意志を持っているかのような気味悪さを感じた。

 さらに勇気を振り絞るように、暗闇に向かって声をかけた。

「真治、いるの? おねえちゃんだよ? どうして……」

 かおりは弟を想うと目の前の景色が歪んだ。

 あふれ出てくるものを無造作に袖で拭き、かおりは語りかける。

「真治はここにいてはいけないのよ」

 真治なら会いたいと思った。

 まだ六歳だった、弟のあどけない笑顔が浮かんでくる。

 ずずっっと鼻水を吸った時、かおりの後ろで気配がした。

 気配を探すように振り向くと、廊下の奥に少年が立っているのがわかった。

 最初に違和感が襲い、お腹の底に鉛が押し込められたようになる。

 その場の空気が一気に重くなり、かおりは息苦しさを感じた。

「誰?」

 遠近感を無視して、それは音もなく近づいて来た。

 かおりとの距離は10mも無い様に感じた。

 少年は陰を、暗闇を背負っている。

 小さいながらも大きな呪を抱えるように、かおりを目指してやってくるのだ。

 直感で弟の真治ではないと感じた。

 そして本能がこの世のものではないと訴えた。

「やだ、こないで」

 かおりの心が逃げろと叫んでいる。

 全身に鳥肌が奮え立ち、悪寒と共にかおりの足を床に縛り付けている。

 闇を背負う少年との距離がどんどん縮まっていく。

 近づいてくる少年は俯いていて、顔は見えない。

 顔を見てはいけないような恐怖感がかおりの全身に貫いた。

「いやぁぁぁーー!!!!」

 逃げるつもりが途端につまづき、尻餅をついた。

 足に力が入らず動けない。手に持っていた懐中電灯が投げ出され、逃げろと窓を照らした。

 両手を使って必死にもがきながら窓に向かうが、断然少年の方が速かった。

 左耳のすぐ傍で、何かの気配がする。

 理性が答える、追いつかれたのだと。

 ひんやりとした気配が左耳にぴったりと張り付き、見てはいけない少年の顔があるのだと、本能が告げていた。

「ひ……」

 口からは空気を飲み込む音しか出なかった。

 悲鳴すらも上げられないほど全身が強張っている。

 かおりの耳元から少年の視線を感じる。

 絶望が支配された世界で、恐怖で押しつぶれそうになった時、照らされた窓から突風が吹いた。

 途端に少年の気配が消え、月明かりでぼんやり明るい窓から誰かが入ってきた。

 重力のある足音にかおりは人間だと思い、それと同時に全身の力が抜けてしまった。

「助かりました。ありがとうございます」

 シルエットしか見えない相手にかおりは礼を言うと、影は大きなため息をついた。

「なんだってまぁ、俺は人がいいんだろうね。自分でも惚れ惚れしちゃうよ」

 聞き覚えのある声、それは自分を馬鹿にした声に聞こえた。

「山上……くん?」

「さっさと立ってくれ。 よくもまぁこんなもの作り出したね」

「……ごめん、立てない」

 カムイはさらに大きなため息をつき背中から手を伸ばすと、一気にかおりを立たせた。

 かおりはその勢いで廊下の奥を見るが、そこには何もなかった。

「人が良いついでに、後始末はしておくよ。ただし報酬はきちんともらうよ、俺の流儀だから」

「え? 山上くん。危ないよ!」

「ここにいるのは、あんたの作り出したものなんだよ。わかっただろう? 自意識過剰の意味が」

 カムイは目の前で手を合わせ、三角形を作る。指を額につけると、口から甲高いを発した。

「床に伏せろ。両手で目を隠し、何も見るな」

 カムイは微動だにせず、廊下の奥を縛り付けるかのように凝視している。

 だが何故かかおりもカムイに見つめられている感覚に襲われ、あわててそのまま言われたとおりに、床に伏せた。

 何度かの甲高い音、そして最後に重厚な空気を持ち上げるが如く突風が吹き、旧校舎が揺れるほどの衝撃で、辺りのガラスが鳴り響いた。

 一瞬の沈黙の後、カムイは優しくかおりの肩をたたいた。

「終わった、帰ろう」

 かおりが初めて見る、カムイの優しい笑顔だった。

 

 二人は何も会話することなく帰路についた。

 カムイはかおりを家まで送り、別れ際にやっと口を開けた。

「この世はね、君が思っているようなきれいな世界ではないんだ。常にどんな人間でもリスクを背負っている。

 無責任に見知らぬものに手を出せばどんな事になるか、わかっただろう?」

 かおりは黙って頷いた。

 安心して気が抜けたのか、涙が溢れて出てきてうまく話せなかったのだ。

「責任は容赦なく背負う事になる、覚えておいた方がいい」

 さらに頷きながら、かおりは深々と頭を下げた。

 踵返してカムイは帰っていく、その背に向かってかおりは叫んだ。

「ありがとう。それと……ごめんなさい!」

 カムイは振り向くことなく、片手を挙げてそれに応えた。

 

 

 次の日、かおりの机にはノートが山積みになっていた。

「えーと……これは」

 困っているかおりに、カムイが近づき用件を伝える。

「半年分の宿題、昨日の報酬はこれでチャラにしておくよ」

「えぇぇ?! でも……」

「ほんじゃぁ、頼んだよ」

「山上くん!! また学年最下位になるつもり?!」

 せっかくのかおりの忠告も、カムイには届いていないようだった。

読んで頂きありがとうございます。

評判が良ければ、カムイくんのその後なんかも書いてみたいなぁと思っております。


HPの方にも色々掲載中ですので、よろしくお願いします。

http://www16.ocn.ne.jp/~ukatsu/gauss/index.html

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ