ナデシコ
夏の蒸し暑い昼下がり。
小学四年生の祥太は祖母の家に遊びに来ていた。
蝉の鳴き声を聴いてみたり。
うちわで自分をあおいだり。
このうちわは祥太にとって特別なものだった。去年上京していった大好きな姉からのプレゼント。名前は忘れてしまったけれど、きれいな花が描かれている。
Tシャツ、短パンの姿で祥太はひたすら縁側に座っていた。かたわらに冷水の入ったペットボトルを置いて。
祥太が住んでいるのは都会とも田舎とも言えない地域だったが、この祖母の家は間違いなくド田舎だった。
何しろ一番近くのスーパーまで車でも二十分近くかかるし、気の利いた自動販売機なんて祖母の家に来てからの三日間、見ていない。
見渡す限りの田んぼ、畑、山。
美しい大自然だなんて祥太は思えない。右を見ても左を見ても、同じ風景が続いていて、ぽつりぽつりと家が建っているだけ。正直、すぐに見飽きてしまった。
「わんっ」
どれくらい経っただろうか。開きっぱなしの祖母の家の門を潜り、犬が入ってきた。
犬種は分からなかった。けれど、友達が飼っているのを見たことがある。
その犬は祥太にすり寄ってきた。
「よしよし」
祥太は犬を撫でた。すると犬は気持ちよさそうに「くぅーん」と鳴いた。
犬はしばらくそうしていたが、急に縁側に飛び乗り、
「あっ」
と祥太が言う間もなく、置いていたペットボトルをくわえて走り去っていった。
「待て!」
祥太は慌てて追いかけた。この田舎で冷たい飲み物がどれだけ貴重なことか。
祥太が門をくぐると犬はすでに遠くあぜ道を走っていた。
幸い周りが殺風景なので見失わずにすんだが、それでも犬との間は開いていくばかりだった。
けれど急にあぜ道の途中で犬は止まり、しばらくしてから祥太もそこまでやってきた。
「こ、この犬、ハア、ハア、ペットボト、ル、ハア、返せ、よ」
息をぜえぜえと切らしながら祥太がそう言うと、犬はペットボトルを地面に置いて、祥太に向かって一声鳴き、自分の足元を見つめた。
そこには、枯れかけた花。
「…………」
犬はこの花に水をやりに来たのだろうか?
貴重な水。命の水。ここ数日で、水がどれほど貴重なものかを祥太は分かっていた。
だから、この犬の気持ちが少し分かってしまった。この花の気持ちも。
祥太はペットボトルのフタを開けると、枯れかけた花に水をやった。すると、犬は再び祥太にすり寄ってきた。
一週間が過ぎた。祥太は毎日花に水遣りを行った。祥太が水遣りに行くと、必ずあの犬がいた。
そして枯れかけていた花は、元の美しさを取り戻していった。
それは、姉に貰ったうちわに描かれていた、ハナビみたいなムラサキの花。思い出した名前、ナデシコ。
拝読ありがとうございました!ほんわかしていただければ幸いです。
中三の時、初めて自主的に書いた作品です。懐かしくなって、初心を忘れないためにも上げさせていただきました。