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楼閣  作者:
4/5

4:蝉

夏川理人


「そうか・・・」


琥珀から得た情報は案外少ない。いや、少女・・・恐らく曜子にあたるのだろう、彼女の名前以外に大きな情報と呼べる情報は無さそうだ。

『曜子』には兄があり、彼女達が『眼球』を集めていた?

いや、そんな事をしてはいくら田舎の旧家と言えど噂にならない訳はない。それに人間の目がそれほど簡単に引き抜かれるものなのか?

では、彼女たちは何を集めていたのか?

そして翡翠は何を調べていたのか?

『曜子』は真黒の瞳で緋色の着物を着ている少女、では『鞠』をついていた少女は『曜子』ではなく別の少女なのか?


「判らないな・・・。」

「そう・・・。」

「とりあえず、2階へ昇ってみよう。」

「うん。」


全てを吐き出してすっきりしたのか、琥珀はずいぶん顔色がよくなった。小さい石を兄の写真ともどもポケットに入れた。

あの小石

ガラスのように透き通って、丸い、およそ自然にできたものではなさそうだ。


「むかし、ここに住んでいたんだよな?」

「うん、宝物入れにいろんな物を入れたし、鍵も見つけたし、縁側でね・・・蝉が泣いてた、仲間が欲しい、欲しいって、『泣いて』、でも。」

「でも?」

「蝉の姿は見たことないなぁ。」

「そうか・・・。」


ぎぃ

ぎぃ

ぎぃ

二階への階段も随分軋む、壁に浮かぶ染みも纏わりつく熱気も段々と膨れ上がるようだ。

ペタ、ペタ、ペタ

子供の手形が幾つも幾つも浮かび上がっては消え、その度に二人で身を竦める。


「っ・・。」

「手形だ、ただの手形だ。」


嗚呼、もういっそ狂ってしまおうか?

否、ここから出ると決意したばかりではないか!

最後の一段を二人同時に昇りきり、同時に振り返る。


「又か・・・本気で俺たちをここから出さない気だな」


俺と琥珀が瞬きする間に、階段までも消え失せていた。階段があった場所は真っ白な漆喰で塗り潰され、床のようになっている。他の木でできた床とは明らかに異質なそれ、懐中電灯で照らしてみても黒ずみのひとつすら見つからない。

あまりにも完璧な白は、もはや恐怖しか感じられない。

(はぁ・・・)

背中がぞくぞくする、熱気と湿気は確かに密度を増しているのに、誰かが後ろで見ている!


「っ!」


振り返っても誰も居ない、子供か、いや・・・特定はできないが、誰かが居た筈なのだが・・・。


「理人、部屋が5つあるよ、どれから見る?」

「あ、ああ・・・。」


琥珀が酷く冷静に言い放つ。もう恐怖に慣れたのか、それともまた空ろに取り込まれているのか。それは分からない、けれど、信じると言った、信じよう。

額の汗を拭おうとした手の中がじんわり湿っている。冷や汗で濡れたのだ、ズボンの裾で拭くと、どろりとした感触が、やめてくれ、もうやめてくれ!俺は帰るんだ!


「理人?」

「あ、ああ・・・手近なのから行こう、大丈夫だ、大丈夫・・・。」


一瞬垣間見えた手の中のもの

どろりとしたゲル状で半透明なそれ

どこかで感じたことのある感触だった。

そう、あの指が沈み込んだ物体の中で・・・。


「あれ?開かない」


っふ!?なんだ、あの物体は?いや、もうそんな事を気にするわけにいかない。琥珀はもう一番手近な襖に手をかけていたが、横にスライドさせてもがたがたと鳴り響くだけで開きそうにもない。


「向こう側で何かが塞いでるのかも知れないな、こっちはどうだ?」

「ああ、開いたけど、なんにもな・・・・」

『琥珀?』

『どうして泣いてるの?ねえ、あの声、おかしいよ。』

『聞いちゃいけないよ、琥珀には関係ないんだから。』

『どうして?』

『聞いちゃ駄目だよ。』

『どうして?』

『連れて行かれちゃうから。』

『どうして兄さんがそんなこと知ってるの?』

『それはね・・・・。』

「琥珀!」

「っ!」

「なんだ?今度は何が見えた?」

「せみ、せみ・・・・・・」

「セミ?」

「泣いてる、泣いてるの、仲間が欲しいと泣いているのは、緑色の着物の女の子・・・瀬美。」

「落ち着け、落ち着け琥珀!」

「連れてって・・・・。」


ガタリと部屋の奥で音がする。緑の着物を着た少女、いや瀬美が微笑んでいる。その透き通る体は、部屋の奥を指差す。儚げに笑うその表情、そして空ろな、いや、からの瞳!


「そこに、何があるんだ?」


瀬美は答えない、奥を指差しつづける。


「答えろ!」

「瀬美、連れてって・・・。」

「行くな、いいか、琥珀これは危険なんだ、分かってるのか?!」


微笑む瀬美の瞳は空洞になったまま、左目は相変わらず朱に染まっていた。だが確かに彼女は微笑んでいる。指の先にあるのは奇妙な形の釣り竿。そして俺の問いに答えることも無く、そして琥珀も残したままふつりと消えてしまった。


「消えた・・・。」

「琥珀、夢に出てきた釣竿っていうのはこれか?」

「たぶん・・・。」


糸のついていない『釣り竿』は、一番先に剃刀のような刃をつけ、その少し後に返しがついている。引っかけて、ぐっと力を入れれば本当に取れてしまいそうだ。

いや普通の人間の目には小さすぎないか?釣り竿は子供用でとてもとても小さかった。


「あの眼も、この中に・・・・琥珀色の眼」

「瀬美は二人に目を採られ、それで成仏できずにこんな事に・・・同じ一族の子孫、翡翠を呼び寄せて・・・」

「・・・・」

「行こう、残りの部屋も調べないと」

「・・・・う。」

「琥珀?」

「・・・なんでもない。」


九条琥珀


「・・・・なんでもない。」


言ってはいけない気がした、『違う』そう言ってはいけない気がしていた。

理人は釣り竿には触れず、彼の手は次の部屋の扉を開けようとしている。その次の部屋には無いも無い、その次にも・・・。開かない部屋以外では最後の部屋、ここにあるはずだ。


『ひっこすの?』

『そうだよ、もうここには戻ってこられないんだ。』

『やだよ、ここがいいよ。』

『駄目なんだ、琥珀、兄さんと約束しよう。』


何を?


『いつか何も心配事がなくなって、二人でここに帰ってきたら幸せに暮らそう。』

『いつか?』

『そう、兄さんと琥珀の二人だけの約束だ。』

『やくそく、ぜったいだよ。』


約束だったのに、兄さんは一人で行ってしまった。夏の間中毎日毎日泣いていた瀬美、兄さんは聞くなと言った。だから兄さんには聞こえていた筈だ。

仲間が欲しい。

なんの?

彼女は眼を奪われた?

狂った曜子に?

黒色の『鞠』をつきながら

小さい小さい

『眼球』

胸ポケットに手を伸ばすと、確かに転がる、

『水晶体』

それは・・・・。

瀬美の・・・・。


『家中探して、見つけ出したら、きっと琥珀も怖くなくなるよ』

『こわいの?』

『まだ、わからなくてもいい。』

『はあい。』


この扉を開けばきっとある。

俺が怖がったのは、不幸な女性の瀬美?それとも曜子?兄は何かを知っていた。それなのに謎かけをしたまま戻ってこなかった、きっと絶対の自信が有ったから。

頭の中で『何か』が木魂する。

理人が開いた襖の奥で、懐中電灯に反射する光、鍵・・・其処にあるのは、鍵と天井裏へ続く梯子、そして鍵の開いた小箱、そして・・・・。

瞳の無い男性の遺体・・・。

腐敗して、いくつか白骨部分が見えているそれが小脇に抱えているバッグには痛いほどの見覚えがあった。


「にぃさぁん・・・・。」

「じゃあ、この人が?」

「兄さん、こんなところに居たの?二人で、二人で幸せになるんじゃなかったの?」

「琥珀?おい、何を思い出した?おい!」

「もう寂しくないよ、俺ずっと一緒に居てあげるから。」

「何を言ってるんだおい、琥珀!」

「心配しないで、理人も一緒だから。」


微笑んで瞬きすると、理人はもう其処から消えていた。

みーんみんみんみん

真夏特有の湿気に、昼の暑い陽射し。

川辺で涼む兄さん、俺は二階で読書中、理人は何処に行ったんだろう?

車かな?

ここには川も橋も桜の木も、出入口もなんだってある。

ああ、そう、始めから・・出入口も橋も・・俺が自分で瞳の中に閉じ込めていたんだ。

要る者だけ閉じ込めた世界・・・・もう、何も・・・。

失わなくて済む、永遠に、この楼閣で。上へ上へ何代も重ねた、この楼閣で。

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