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1/144 の揺り籠  作者: kagonosuke
リクエスト番外編
33/36

ストーカー的友人考察理論 実践編

リクエスト第二弾。お題は、『本日も晴天なり』信思くん視点OR信思くんの友人から見た二人の様子。今回は、後者の友人たちから見た二人の様子にスポットを当ててみました。それではどうぞ。


 ―――――バリッ、バリッ、ボリボリッ。バリッ。

 軽快な破裂音の後に鈍い硬質な咀嚼音が突然鳴り響いた。その音は、静まり返った空間にやけに耳に付いた。

「ばっか、…おま、…こんな所で煎餅喰うヤツがあるか!」

 俺はぎょっとしてバリバリボリボリとやけに耳に響くその音に内心焦りつつ、喜多見(きたみ)の手からその元凶である煎餅の入った袋を奪った。

 ―――海苔煎餅。お徳用。200g 198円。

 あれ、これ、安くね?―――そんな俺の心の中の感想はさておき。

「え~、音を立てて食べるから旨いんじゃん。歯ごたえのない煎餅なんて煎餅じゃないよ。俺は許せないね」

 そんな持論を持ち出して、のほほんと笑い奪われた大袋に伸ばそうとする手を俺はぴしゃりと叩き落とした。

「そうだな。俺だって湿気た煎餅やポテチなんて食いたかねぇよ」

「だろ?」

 ―――って違うから。何つられて普通に返しちゃってんの、俺!

「てか、煎餅、返してよ」

「ダーメ。今は駄目」

「えー、お腹すいた」

「何言ってんだ。さっきもなんか食ってただろ?」

 俺はこそこそと声を落として、窘めるように囁いた。こいつのマイペースさには今更驚かないけれどさ。こういう時くらいは空気を読んでくれよ。

 俺がじとっとした目でそいつを見たら、

「あ」

 直ぐ隣から漏れた小さな声に俺は捻っていた首を元の位置に戻した。

「出るぞ」

 相変わらず冷静なツッコミありがとう。

「うっわ、ホントだ」

 遠くとある雑貨店の区画の中から出て、そのままこちらとは反対の方向へ遠ざかってゆく二人連れを目で追い掛けた。そして、大きな柱の陰に張り付いてその様子を窺っていた俺たち三人は、最大限のさり気なさを装いつつ、その二人連れの後を追った。



 え? 何をしているかって? それはヒ、ミ、ツ♥。口では言えないことさ―――なんて誰に向かってんだか分からないけどウィンクを飛ばした俺に、

「きめぇ」

 容赦ない一言が鏑矢のように降ってくる。

 もう分かっているかとは思うけど、(高畑)の隣にいるのは喜多見と須藤の二人。いつものお馴染みのメンバーってやつだ。

「ヒド!」

 今、地味に傷ついたから。と抗議をしても、

「あ、ほら、行くぞ」

「ホントだ」

 俺のことは完全スルー。友達甲斐のない奴らだな。ちょっと何なの、この扱い! 酷くね。俺、空気?

 そんな下らないことで悶々としている間にすらりとした長身と標準身長よりは少しだけ高い細い背中は柱の陰から出て、向こう側の通路へと歩いて行く。

「あっ、ちょ、待って。置いてくなよ!」

 俺は慌てて二人の友人の背中を追いかけた。



 夏休みに入ったばかりの7月。その日、俺たち三人は暇だから遊ぼうってんで、取り敢えず街中に出てきた。学校で、俺ら三人の他にもう一人、いつもつるんでいるヤツがいるんだけど、そいつは大抵、休みの日は忙しいってんで誘っても断られている。土日は特に駄目なんだよな。『なんだよ、付き合いわりいなぁ』なんてぼやいてみたとしても、それは仕方がない。そこにあるのは俺たち高校生男子にとっては切実なことで、もし俺がそいつの立場だったら同じようにダチとの付き合いより断然そっちを取るって胸を張って言える。――ってそんなに自慢できることじゃないけどな。

 何の話をしているかって? それは勿論、【カノジョ】のこと。

 そいつは俺ら四人の中ではいち早く彼女を作りやがった裏切り者なのだ。去年の今頃は、四人で『彼女はいません同盟』を作ってたのに、そいつは澄ました顔して一抜けしたんだよ。

 俺は部活に(リキ)入れてるから本音のとこでは彼女いいなぁって思うけどそんな暇ないし、喜多見のヤツはちょっと世間一般の普通ってのからズレてるから、『カノジョ? 何それ、食えんの? 美味しいの?』なんていう奴だ。そいつのベクトルは限りなく食欲に向いている。そして、もう一人のダチの須藤。こいつは俺にもよく分からん。プライベートなことは余り話さなくて謎の多い奴だ。彼女って訳ではないけど幼馴染っての?古くからの腐れ縁の女の子がいるらしくて、その子とよく話してるのは見かける。以前、あんまり仲が良さげだから『付き合ってんの?』って聞いたら速攻全力否定された。しかも二人、息ぴったり揃えて。そんだけ強く言われると逆に疑いたくなるんだけど。それを言ったら後で須藤のヤツから何を言われるか分からないから、良心的な俺はそこで止めといたというわけ。だからまぁ、俺の中ではグレーゾーン。ひょっとしたらいるのかもしれないけど、いや、いたっておかしかないけど、そいつは見た目の割に毒舌でどSだから、よっぽど理解ある子じゃないと無理な気がする。

 ま、そんなことは置いておいて。

 そいつは、いち早く俺たちの中で彼女持ちになった。そして、それと同時にそいつの生活は一変したのだ。学校にいるときは分からないけれど休みの日、特に土曜の午後と日曜は確実に俺たちと遊んだりする時間は減ったという訳だ。

 そいつは無口で無愛想なやつなんだけど、世の中良く分からんが、女の子たちには『クールでいい』って感じに思われているらしい。普段、学校でも寄ってくる女の子たちとは話はするけど興味ありませんみたいな顔してるから、てっきり彼女を作ったりするのは面倒だとか思ってるクチなのかって思ってた。

 そんなヤツが変わったと思ったのはいつ頃からだろう。朝、やたらと機嫌のいい日があって、最初は『ん? なんか良いことでもあったんか?』って『珍しいな』くらいにしか思っていなかったんだけど、それが5月に入り、体育祭を過ぎた辺りから目に見えて変わってきたんだよな。なんて言ったらいいんだろ。空気がピンクなんだよな。喜多見のヤツなんかはそいつの頭の上に花畑が見えるって言ってたけど、多分そんな感じ。目付きの悪いそいつから出ているオーラがピンク。いや、普通に考えて、すっげぇキモチワルイから。その絵図らを一人想像して、俺は自分で自分にダメージを受けた。


 この間、今にも鼻歌を歌い出すんじゃないかって位の顔をしていつもの学食脇のテーブル―――俺たちはいつもそこで飯を食っていた。因みに今は去年と違って皆クラスがバラけてるから、集まるにはちょうどいいわけ―――にいるそいつを見た時は、皆して固まったしね。

 須藤なんかは『きめぇ』って言って、そいつの頭を思わず引っ叩いた位だ。なんつーの、条件反射? きっと俺でも我慢できなくなって同じことをしていたと思う。

 そん時に須藤のヤツが鋭く指摘したんだ。

「上手く行ったんだな」

 含みのある言葉にその時、俺のセンサーもビンビンに反応した。

「もしかして、あのおねーさんと?」

 そして俺の勘は、見事当たったというわけだ。


 体育祭の時、そいつはえらく張り切っていて、同じクラスの奴から俺もそれとなく聞かれたくらいだ。『なぁ、坂井のヤツどうした?』ってね。俺も訳分かんなくて首を傾げてたんだけど、蓋を開けてみれば、なんとそいつの知り合いだというおねーさんが昼に弁当を届けに来たってんだから驚いた。

 そいつはデレデレでおねーさんの御手製だという弁当を美味そうに食ってた。その姿を校舎脇の物影から発見した時には俺は驚いたね。そりゃぁもう顎が外れるくらい。思わず目に入った光景に大声を上げそうになった俺の口は強制的に須藤のヤツに塞がれた。

 で、俺は改めて声量を落として聞いた訳だ。『なんだアレ』って。俺もそうだけど、一緒にいた喜多見と須藤も吃驚したみたいで、

「いや分からん」

「ん~、ピクニック?」

 其々が実に個性的で『らしい』発言をした。

 俺たち三人は、影からこっそり観察していた積りだったんだけど向こうにいる女の人がこちらに気が付いて、苦笑みたいな可笑しそうな顔をして坂井に何かを言った。

 ヤバ、気付かれたと思った。

「気付いたみたいだ」

「だな」

「だね」

 そうするうちに振り返ったそいつはあからさまにしまったという顔をしたけれど、おねーさんがおいでと手を振るものだから、俺たちは興味津々でそいつの元にいった訳だ。そして御手製の弁当をごちそうになりつつ(いや、マジで旨かったからから)どちらさまかと聞けば普通の知り合いだという始末。その時の少々ばつの悪そうなヤツの顔を見て俺は思った。少なくともそいつはそのおねーさんのことが好きなんだって。

 要するにその人がそいつの張り切りの原因であった訳だ。いいとこ見せたい。意外にも単純で純情な所のあるそいつの一面を見た気がしてなんだかウケた。

 どうやら聞く所に寄るとあの時、そいつはおねーさんに告白をしてたけれどちゃんとした返事はもらっていない宙ぶらりんな状態だったんだと。なんて言うの、生殺し? でもそんな中、健気にもせっせとアピール中らしかった。駄目元で体育祭のことを話したら、弁当作ってくれるってことになったらしい。

 その時はまだ付き合っていなかった訳だけど、俺らから見ても二人は既に恋人同士みたいな甘い空気を出してた。こう見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだった。だから、まだ返事はもらってないっていってたけど、上手くいくんじゃないかって思ってた。

 そして、その予想は当たった訳だ。

 聞く所によるとそのおねーさんは社会人なんだど。歳は25って言ってたか。

 それはまさかの展開だった。年上の彼女、しかも9つも上。いや、どうやって知り合ったんだって思うよ、ホント。

 その人は、優しい柔らかな空気を持つ人だった。ほわほわとした感じ。多分にも天然だと見た。下がり気味の眦。目は大きい方だ。パッと見日本人離れしているように見えて、よく見れば、全体としては実に日本人らしい顔立ちの人だった。綺麗だと思う。可愛いっていうよりも綺麗系。言葉使いも口調ものんびりとしていてマイペース。俺の中では、喜多見みたいな匂いがした。あいつに言ったら一緒にするなって怒られそうだけど。

 今まであんまり女の子の好みの話はしなかったから、その(ひと)を見て、俺は成る程なぁと思った訳だ。つまり、その(ひと)は少なくともそいつの理想というか好みを体現している訳で。普段は明らかにならないそいつの頭の中を実体化して見た気がした。

 そして、俺が思ったのは、『お前、欲張り過ぎなんじゃね』ってことだった。

 それにしてもよく頷いてくれたと思う。だって、その人から見たら俺たち高校生なんてやっぱりガキだろ。よく恋愛対象として見てもらえたと思う。

 人の好みは其々だけど、そこを同年代の社会人ではなく学生を選んだんだから、俺はおねーさんをすげぇって思った。まぁ、そいつも努力していると思う。きっと関係を維持させるのは大変だろうからさ。ジェネレーションギャップもあるし、金銭感覚も違う。日々の生活のリズムも違う。共通の話題なんかあるんだろうか。

「普段、どんなこと話してんの?」

 一度、俺は不思議で仕方なかったから聞いたことがあった。

 そいつはちょっと考えた後、

「色々……」

 微妙に逃げの言葉を吐いた。

「その色々の中身は?」

「学校のこととか、TVのこととか、何だろ、フツ―に色々話すけど?」

 うん。その答えは、俺にはさっぱり分からなかった。想像が付かない。でもそれなりに会話のネタはあるということだ。

 そして、もう一つの質問をした。

「デートとかってどうしてんの?」

 根掘り葉掘り聞く俺にそいつはあからさまに面倒くさそうな顔をしたけれど、俺は後学の為だからと拝み倒して教えてもらった。

「別に………。最近は良く部屋に遊びにいく…かな」

 ふむふむ。で? 続きを催促するように期待を込めて俺はそいつの顔を見た。

 そいつは小さく息を吐き出してから、

「御飯ごちそうになって。DVD観たり、まったりしたり、散歩に行ったり、買い物に行ったり?」

 それを聞いて思ったことは、『なんか恋人同士のドキドキ感がなくね? それってなんか熟年夫婦みたくね?』ってことだった。

 だが、そんな俺の内心にはお構いなく、そいつは最後、取ってつけたように意味深に笑った。

「今度、泊りに行くけど」

 その一言に俺が撃沈したのは言うまでもない。


 というような訳で、俺たちのダチ、若干一名はハッピーで桃色万歳的な時期に突入していた時で、付き合い始めてからそんなに経っていなかったから、そいつのその時点での優先事項は、いかにして彼女との共有時間を作るかということだった。

 ということで、勿論、俺たちの誘いはパスで、彼女の方に行ったという訳だ。一応、誘いはしたけどね。断られること前提で。まぁ、ちょとした俺たちのコミュニケーションの一環みたいなものだ。だってハブるのは可哀想じゃん。

「なぁ、坂井。今度の日曜、暇?」

 その問い掛けに速攻返ってきた返事は、想定の範囲内。

「あー、わりぃ、真帆櫓さんと出掛ける」

 そうですか。幸せそうでなにより。やっかみ半分、羨望の眼差し半分ってとこで、俺は納得した風に頷いた。

 で、そいつは出掛けると言っただけで、どこに何をしにいくのかとかは口にしなかった。ま、俺もそこまで聞こうとは思っていないし。


 俺たち三人はいつものコースで、駅前で待ち合わせて昼飯をテキトーに食べて、CDを見たり、ゲームを見たり、服を見たりしてぶらぶらしていた。そして次にゲーセンに行くかカラオケに行くか、それともボーリングをするか、何をやるって相談していた時にふと通りの反対側を見ていた須藤が目敏く発見したのだ。

「あ」

 それは、連れ立って歩く坂井と彼女の姿だった。

「おおお、マジでデートだ」

 聞いてはいたけれど、やっぱりそれを目にするのは別ものだ。

「どこ行くんだ?」

「気になるね」

「ラブホとかだったりして」

「いや、まさか。いくらなんでもそれはないっしょ」

「さぁ、どうだかな」

 そこで、俺たち三人は顔を見交わせると、

「つけてみる?」

 一つの結論に至った訳だ。

 そして、人混みの中に紛れながら、その二人のデートの模様を追いかけた。

 こうして場面は冒頭に戻る。


 二人は仲睦まじそうに手を繋いで歩いていた。そうしていると本当に恋人同士みたいで(いやそうなんだけどさ)違和感がなかった。私服になるとそいつは大人びて見えるからかもしれない。おねーさんの方も仕事モードの時のスーツとかのかっちりとした服じゃなくてカジュアルな格好をしていたからバランスが取れていた。

 ―――――信くん、笑顔全開。大安売りってやつだ。

 その横顔は普段俺らが目にするような類のものではなくて、知らないそいつの一面を見ている気分だった。知っているのに知らない人。なんか不思議な気分だ。


 人混みの中、俺ら三人は、二人の後を追った。

 そいつはちゃんと彼氏らしいことをしていた。道路では車道寄りを歩き、左右が逆になるとさり気なく繋いでいる手を変えた。障害物があるとちゃんと庇っている。

 そして、リラックスしている顔をしていた。あんまり表立ってその表情は変わらないけれど。去年一年伊達にトモダチやってなかった俺たちは、そいつの内面の変化は手に取るように想像できた。

 隣にいるおねーさんは始終にこにこしている。そこにあるのは実に女の人らしい嬉しい楽しいという表情で二人を見ていると年の差とかそういうことを気にするのが馬鹿らしく思えた。

 信号を幾つか渡って二人は休憩するのか近くのカフェに入った。観葉植物がこれでもかって程並んでいるジャングルみたいな不思議な空間のある店だった。

「どうする?」

 俺は隣にいる喜多見と須藤を振り返った。

「もちろん、GO!」

 喜多見は食べ物にありつけることが嬉しいらしく乗り気だ。須藤はにやりと俺からしたら悪代官みたいなあくどい顔をして笑った。

 要するに尾行は続行という訳だ。

 店内はセルフ方式で、俺は見つかるんじゃないかって内心冷や冷やしながらも三人分の飲み物を何食わぬ顔してカウンターで買っている須藤を横目に件の二人がいる方を透かし見た。

 店内に散らばる観葉植物が程良く視線をブロックして観察するのには最適だった。

 飲み物を受け取って俺たち三人はちょっとした探偵気分で顔を寄せ合った。

「気付いてないっぽい?」

「ああ。大丈夫だろ」

 あいつの視線は彼女の方を向いていて、これだけある意味執拗な視線を投げているのに気付いた素振りはなかった。

「デレデレだね」

「ああ。あんな顔してんの初めてみたかも」

「てか、ちょっと詐欺っぽくね?」

「アハハ。確かに」

 のんびりと笑った喜多見がズズズとアイスクリームの乗っかったカフェ・ラテを啜った。

 そいつと彼女は、丸い小さなテーブルに斜交いに座っていた。真横でも真正面でもない。対角な感じだ。

 そう言えば、何だっけ。昔、聞いた話だけど。コミュニケーション理論? 人間行動学? その辺の詳しいことは忘れたけど、対面で座るのって相手に【対立】のイメージを抱かせるんだと。で、隣に座った時は、【私は貴方の味方】的なイメージを与えるらしい。深層心理の中で。だから、相手を説得したい時や何か頼みごとをする時、相談に乗ってあげたりする時は、真正面に座るよりも隣に座った方がいいのだということだ。隣に座った場合、必然的に同じ方向を向くことになって、それが共に同じベクトルを向いていると想起させるらしい。そして、相手を仲間だと認識するのだとか。

 それはともかく。

 おねーさんがちょいちょいと指を拱いて顔を寄せたあいつに何事かを囁いた。そいつはちょっと驚いた風に目を見開いて、それからおねーさんの方を見て小さく笑った。クククって喉の奥を鳴らすみたいに。

 楽しそうだな。おい。話も普通に弾んでいる感じだ。

 二人の仲睦まじい様子を見て、やっぱり俺はちょっと羨ましくなった。

 女の子(女の人)って良いよな。なんか柔らかくて、ふわふわしてて、いい匂いがする。

 そして、こんな風に影からそっとそいつの様子を眺めているのもちょっと虚しくなった。他人がラブラブなのって、やっぱそこは他人のことで自分のことじゃないから、すぐに腹一杯になる。ゴチソーサマってね。

 取り敢えず、上手くやってるようで良かった。俺がそんな感想を抱いた時、ピロリーンって電子音がして、俺は自分のケータイを探した。てっきりメールかなんかが入ったのかと思ったんだけどそれは俺のじゃなかった。

 ふと隣を見たら、喜多見のヤツが遠く二人の様子をケータイのカメラで撮っていた音だった。

「なにしてんの?」

「ん~、写メって送ろうかと」

「誰に?」

「もちろん、坂井に」

「は?」

 喜多見の思考回路は、ちょっと独特で偶に突拍子もないことをするけど、その時も俺はそいつの行動に驚いた。

「だってさぁ、なんかこんなとこでコソコソしてんのつまんないじゃん?」

 確かにそれは一理ある。

「だから、向こうが気付くかどうかね」

「からかってみようってわけか」

「そ」

 毎度のことながら、ダチの遣りたいことを的確に理解した須藤の声に喜多見が悪戯っぽい顔をして笑った。

 それは面白いかもしれない。

 そこで俺もいい思い付きに身を乗り出した。

「じゃ、賭けねぇ? メール到着後、どれくらいで気付くか」

「お、いいね」

「俺は3分」

「えー、それって遅すぎじゃない? 俺は1分かな」

「30秒だな」

 其々、数字が決まった所で子供染みた思いつきをスタートさせた。

 バレたらバレたであいつは怒るかも知れないけど見かけたのは偶々だったし、こっちは三人だし、怒られるとしてもその被害も三分の一になるから。連帯責任。なんて考えるのはちょっとせこいか。

 アイスコーヒーを啜りながら俺は喜多見がメールを打つのを見ていた。

「じゃぁ、送りまーす」

「ああ」

「OK」

 そこからドキドキのカウントダウンが始まった。

 送信直後、向こうにメールが届いたようでそいつがポケットを探った。

 5秒経過。おねーさんが『メール?』みたいな感じで尋ねてる。そいつがケータイを取り出すまで15秒。フリップを開いてボタンを押して受信したメールを読んだのだろう。明らかに目を見開いたかと思うと勢いよく顔を上げて店内を見渡し始めた。ここで25秒経過。

「何て送ったんだ?」

 念の為聞いてみれば、

「ん? フツ―に『楽しそうだね。いいなぁ』って」

 やっぱり喜多見クオリティはオリジナリティ溢れるものだった。

 そいつが席から立ち上がる。30秒経過。はい、須藤、残念でした。

 35秒を回った所でその視線がギンとこちらに突き刺さった。それをまともに見てしまった俺はすぐさま顔を逸らした。条件反射ってやつだ。だって、すんげー顔して睨んでんだもん。俺の繊細なガラスのハートはもたないって。

 40秒経過。喜多見が、『あ、気付いた』と言ってひらひらと手を振る。その隣にいる須藤は、小さく口の端を吊り上げてニヤリという感じで笑ってた。

 そして、そこから更に20秒。そいつが彼女に何かを囁いてこっちを指示した。おねーさんがこちらを見る。『あら?』というように微笑んで小さく手を振った。俺たちは一応体育祭の時に会っていて、おねーさんの方も覚えていたようだ。

 そして、そいつがこっちにやって来て文句を言うまで15秒。

 俺たちが口にする台詞は決まってる。

 ―――――よ! 偶然だな!

 それからきっとそいつは全てを分かったような顔をして、『そうだな』って言うのだろう。


リクエストを下さいましたKFさま、どうもありがとうございました。ご期待に添えているといいのですが。

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