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1/144 の揺り籠  作者: kagonosuke
Side - Z: Mへと続くモノガタリ
28/36

第十二話 余暇と運動の同期率 72.5%

今回は【ほのぼのモード】の休日の一幕です。

それではどうぞ。


 ―――――――【六回裏○○○‘sの攻撃。バッターボックスに立つは、坂井選手。今年、注目のルーキーです。マウンドには引き続き、保内投手。昨年に引き続きチームの中核を担う中継ぎとしてなくてはならない選手になりました。

 ピッチャー振りかぶって第一球、投げた。おっとこれは、大きく外れた。保内投手どうした。今のは手元が滑ったようですねぇ。これは珍しいですよ。投球数もまだ三十球あまり。これはらしくない。度重なる登板で疲れが出てきたか。どうでしょうか。いや、まだまだだと思いますよ。

 保内投手、振りかぶって第二球。これは外角低め、中々キツいところを突いてきました。今のはスライダーでしょうか。坂井選手見逃しました。手も足も出なかったようです。

 そして、第三球。ピッチャー、投げた。おっと、これはいい当たりだ。芯を捕えたようです。打球は伸びて、右中間に飛んだ。ライト、目一杯に下がる。伸び上がってグラブを伸ばすが、僅かに届かず。入りました。ホームランです。坂井選手ガッツポーズ】


「あああぁぁぁ~!」

 ピッチャーが後方、打球を追って空を仰いだ。

 澄んだ秋の空、天高くゴム製の黄色いボールが飛んで行く。

「信くん、ボール~!!!」

 いつもより数段は、甲高い声が周囲に響いた。

 俺が子供用の小さなプラスチック製のバットで打った打球は、芝生を越えてテニスの練習用コートの向こう、草むらに飛んだようだった。

「ホームラン!」

 俺は晴れ晴れとした気分で、打球が描く放物線を追った、




 10月も頭のとある日曜日の昼下がり。真帆櫓(まほろ)さんが買い物によく使ってるナイロンバッグ(今やすっかり定着してきたマイバックってヤツだ)を片手に川原に行こうと俺を誘った。

 ―――――――最近、体を動かしてなかったから。

 そう言って、いそいそと出掛ける用意を始めた。

 バッグの中にはバドミントンのセット、フリスビー、大小のボール、小さなプラスチック製のバット。おもちゃ売り場で小さい子供向けの商品として売られていそうなものが色々と入っていた。

「どうしたの、こんなの?」

 どれも傷が付いてそれなりに使い込んだ感がある。

 気になって聞いてみれば、

「クローゼットを整理してたら、奥から出てきたの」

 少しはにかむように真帆櫓さんが笑った。

「久し振りにキャッチボールしたいなぁって思って」

 キャッチボールとな。休日の父と息子の情景が不意に浮かぶ。俺も小学校に上がるか上がらないかくらいには、親父相手にやった覚えがある。

 だが、目の前の小さく微笑む女性とキャッチボールは、俺の中では何故か違和感がありまくりだった。絵図らが思いつかない。というか、誰とやったんだ。

「てか、真帆櫓さん、キャッチボールできんの?」

 思わず漏れてしまった本音に、

「失礼な! そのくらい大丈夫よ!」

 不服そうに口を尖らせて態とらしく拗ねた後、自分でも可笑しかったのかちょっと照れたように笑った。

「へぇ? それじゃぁ、お手並み拝見といきましょうかね」

 からかうように少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた俺に、

「言ったわね。見てなさいよ。あっと言わせてあげるんだから」

 腰に手を当てたポーズで高らかに挑戦状を突き付けられて、俺もなんだか可笑しくなって笑った。

「うっし、望むところだ」




 そんなんで、二人して近所の河川敷に向かうことになった。真帆櫓さんの部屋があるマンションから歩いても15分くらいで川原に出る。ここは、夏の始めに花火を見に行った場所だ。

 ちょうど隣接する自治体との境にもなっているこの川は、この近隣地域を代表する一級河川で、川幅もそれなりにあって、両岸を繋ぐ橋の長さは一キロ近くもあった。河川の氾濫・洪水対策として両側の河川敷はかなり広く取られていて、野球のグラウンドやサッカーのグラウンド、ゴルフの練習場などが蛇行する川の流れに合わせていくつも並んでいた。

 休日ともなるとこの場所はたくさんの人で賑わう。ジョギングをする人、ウォーキングをする人、サイクリングをする人、犬の散歩にくる人、様々だ。この場所は、近隣住民の憩いの場でもあった。


 川原に到着すると、堤の上を気持ちの良い風が吹いていた。10月に入ったと言っても、まだまだ日中は夏の暑さを引きずるように強い日差しが照りつけていた。それでも、さすがに風は少し冷たさを含んで来ていて、秋の匂いみたいなのを運んで来ている。山の方から降りてきたアキアカネ(赤とんぼ)の集団が、気ままに空に漂っていた。


 俺たちは手を繋いだまま、河川敷をぐるりと見渡した。

 少年野球チームの練習の向こうで、真っ黒に日焼けした坊主頭の高校球児の姿もある。その向こうにはラグビー部だろうか、一昔前みたいに大きなタイヤを引きずって体力トレーニングをしているやけにがたいのいい連中がいた。泥だらけの男たちが駆け抜けた後には、土煙が舞っていた。

 様々な声が聞こえてきていた。甲高い声から野太い声まで、その音域は実に広い。

 近隣には高校がいくつかあって、野球部やラグビー部なんかは、そこから練習に来ているようだった。河川敷に隣接する高校の校舎からは、ブラスバンド部だろうか、金管楽器の低い音階練習の音が切れ切れに風に乗って聞こえてきていた。

 そこから視界を転じて、少し視線をずらせば、遊具が置かれた芝生があって、親子連れが沢山遊んでいた。幼い子供特有のキンキンした笑い声が響く。実にのんびりとした長閑な光景だ。


「どの辺にする?」

 繋いだ手を引いた魚の浮きみたいに小さくくいと引っ張って、俺は直ぐ下にある顔を見た。

「そうねぇ、あんまり邪魔にならないところにしないとねぇ」

 真帆櫓さんはそう言って手を額に当てると遠方を透かし見た。

 カバンの中にあるのは球技ものだ。人に当たらないようにそれなりの空間が必要だろう。

「あそこは?」

 少し離れたところにぽっかりと空いた空間があった。小さなグランド脇の芝生にしては高い草が生えているとこだ。遊具が置かれている場所のもう少し奥まった川寄りの所だ。

「そうね」

 真帆櫓さんも納得いったようで、二人して堤を降りていった。


 途中、虫捕り網を手にした子供たちにすれ違った。

「今時分、何がいるのかしら?」

 真帆櫓さんは子供が首から下げた黄緑色の虫かごに興味津々の様子だ。

「コウロギとか、鈴虫とか? あ、カマキリ?」

 ―――――セミはとっくにいないものね。

「トカゲとかだったりして」

 態とハ虫類系の名前を上げた積りだったのに、

「ああ、それもあるかもね」

 隣からは実に淡々とした答えが返って来た。

「あれ、真帆櫓さん、虫とかトカゲとか平気なわけ?」

 大抵、女の人って苦手だよな。見ただけでも悲鳴を上げそうだし。そう思って聞いてみれば思わぬ答えが返ってきた。

「ん? 基本的に大丈夫よ。小さい頃はよく虫捕りしたし。だから今でも触れるかな」

「あ、そうなんだ」

 それは初耳だった。俺はどちらかと言えば、昆虫の類は、正直言うと(大声じゃ言えないけど)あんまり得意じゃない。小さい頃もカブトムシとかクワガタの類には、それ程、興味を惹かれなかった。なんて言うか、あの黒光りした硬い感触が駄目なんだよな。

「キミはひょっとして苦手?」

 声にからかうような響きが混じる。興味津々にこちらを見上げた薄茶色の大きな瞳から、俺はさり気なく視線を逸らした。

「どうだろ。普通?」

 ここで正直に認めるのは、何だか癪だった。なんていうの、なけなしのプライドってやつか。多分。

「なにそれ」

 案の定、真帆櫓さんが可笑しそうに喉を鳴らした。きっと俺が見栄を張ったのがばれてると思う。

「ほら、行くよ」

 一歩、大きく足を踏み出せば、繋いでいた手が目一杯に伸びた。

 ちょっと話の逸らし方があからさまだったかなとは思ったけど、真帆櫓さんはそれ以上、突っ込まずに流してくれたようで、その顔に笑いの余韻を残しながらも俺の隣に並んだのだった。




 堤の上では吹いていた風も、下に降りると無くなっていた。これならバドミントンも大丈夫そうだ。

「何からやる?」

「じゃぁ、バドミントン」

 自慢じゃないが、バドミントンなんてこれまでの人生の中で、数える程しかやったことがないと思う。なんかこう女の子の遊びってイメージがあるし。俺は生憎、一人っ子だから、小さい頃に一緒に遊ぶような兄弟もいなかった。仲間同士で集まってやるとしたら、野球とかサッカーとか、バスケとか、大抵、そんなもんだと思う。テニスもやったことがない。

 見よう見真似で手にしたラケットを振ってみた。いや、なんだか壊れそうな程、軽い。これで羽の付いた小さなゴムボールを当てるんだよな。


 適当に距離を取って、真帆櫓さんの先攻で始めた。ビュンと風を切る音がして羽が空を飛んできた。俺は少し右側に逸れた羽を追って上から叩いた。ラケットに当たる感触がする。

「うわぁ~、信くん、力入れ過ぎ!」

 が、思いの外、当たりが強かったようで、羽が遠くへ飛んでゆく。真帆櫓さんは、慌てて追いかけるが、後一歩の所で届かなかった。

「うぉ? ごめんごめん」

 笑って誤魔化してみる。

 当然のことながら、真帆櫓さんと俺では力の差がかなりある訳で。これは加減が難しいかもと思った。


 先程よりは少し距離を開けて、再び真帆櫓さんが羽を打った。前方に落下したそれを俺は走って追い、掬い上げるようにして打った。そして、それを相手が打ち返す。ラリーになるようにっていうんで、真帆櫓さんはちゃんと俺の方に向けて羽を打ってきた。打ち合いがそれなりに続いてくると結構、面白い。力の加減一つで結構走りまわるから、休憩を挟んだ頃には既に汗だくになっていた。

「信くん、意外と上手ね」

「そ?」

 誉められて悪い気はしない。

「キミ、運動神経いいものね」

 家から持ってきたスポーツドリンクを一口飲んでから、真帆櫓さんが頬を上気させて言った。珍しく額際に汗をかいている。

「俺にもちょーだい」

「ん」

 手渡された飲み物を一気に呷った。半分だけ凍らせて置いたドリンクは、炎天下に置かれた鞄の中で大分解けていたけれど、冷たさとしてはちょうど良かった。


 それから次はフリスビーにチャレンジした。これは、中々コツがいる。相手がいる方向に投げた積りでも、軌道がかなり逸れて、俺も真帆櫓さんも叫び声を上げながら、(大抵が『あ゛~!』てヤツだ)犬みたいにそこらじゅうを駆けまわった。投げる方もコツがいるが、取る方も意外に大変だ。よく犬を相手に飼い主が投げて、犬が大喜びで駆けて、ジャンプしながら口で取ったりしてるのを見るけれど、人の場合は上手く行くものじゃないことを悟った。

 フリスビーは難しいっていうんで、すぐに選手交代。今度はキャッチボールをすることになった。キャッチボールと言ってもグローブに硬式の球を使うような本格的なものじゃなくて、子供用の半透明なゴムボールだ。黄色と緑色の二つがあって、草むらの中でも目立つように黄色い方を選んだ。

 真帆櫓さんは、気合十分、馴らすように肩を回している。一見インドア派に見えて、意外にアクティブな面があることをこの時、初めて知った。しかも、結構ちゃんとしたフォームで投げる。


「真帆櫓さん、野球、好きなの?」

 軽く肩の力を加減しながら、ボールを投げ返した。

「いたぁ」

 思いの外、パシンと強く当たる音がした。あれ、まだ強すぎたか。

 それでも真帆櫓さんはちゃんとボールを取っていた。

「強かった?」

「ちょっとね」

 そして、大きく振りかぶって投げ返す。コントロールはそこそこいい方だろう。暴投の類は今の所ない。

「そこそこ? 高校野球はテレビでやってるとつい気になって見ちゃうけど。プロ野球は、別に応援してる特定の球団がある訳じゃないし。信くんは?」

「俺?」

 小学校の頃は良く友達同士で人数揃えて遊んだりはしたけれど、中学、高校と野球部には縁がない。まぁ、でもそれなりに観るのは好きな方ではあるんだろう。テレビでプロの野球中継がやってたりすると偶に観るし。今年はどんな選手が活躍してるかとかはチェックする。あ、でも贔屓にしている特定の球団がある訳ではないけれど。親父とも野球の話はする。そう言えば、高畑のヤツが中学の頃は野球部だったってんで(今は、違うけど)、いつものメンバーで集まる昼時には、それなりに話題に上ったりもする。

「自分じゃやらないけど、観るのは好きかも?」

 ちょっと語尾が疑問形になったが、胸を張るほどの野球フリークでもないので、大概、そんなもんだろう。

「じゃぁ、今度、観に行く?」

 今年はシーズンが終わってるから、来年の話しか。

「来シーズン?」

「そう」

「いいよ」

「あ、でもその前に、あそこに行ってみたい」

 そう言って、真帆櫓さんが投げたボールは、大きくこれまでの軌道を外れて、俺の頭上を通り過ぎた。

「ああ、ごめん。力が入り過ぎた」

 慌てて追いかけたが間に合わず、草むらの中に落ちたボールを探す。

 黄色いゴムボールはすぐに見つかって、その場から投げ返した。と同時に声を張り上げた。

「どこに行きたいって?」

「バッティングセンター」

 そうして返ってきた答えに、俺は噴き出した。

「あ、ちょっと、何で笑うのよ!」

 心外だと言わんばかりに真帆櫓さんが声を上げた。

「いや、別に?」

 俺は慌てて表情を取り繕ったが、上手く行かなかった。

 見た感じ野球とは無縁そうな女性が、金属バットを手にバッターボックスに立つ様を思い描いて、なんだかウケた。金属バットって子供用でも女の人には重いと思うんだけど、振れるんだろうか。

 次のデートの約束が、バッティングセンターってのも面白いチョイスではある。いや、普通はないか。

「行ったことなかった?」

「うん」

「バット、結構重たいよ?」

「そうなの?」

「多分、真帆櫓さんなら全身筋肉痛になること間違いなし」

 その忠告に心なしか怯んだ様子だったけど、

「でも、やってみたい。今から鍛えとけば平気かな?」

 鍛えるってどうやって? 素振りでもする積りなのか。

 そんなポジティブぎる発言が返ってきて、ちょっと頓珍漢な意気込みもらしく思えて、なんだか可愛いなぁと思ってしまったのだ。


「じゃぁ、その前に練習でもしとく?」

 俺は、今日持参した道具類が入っているバックから、子供用のプラスチックのバットを取り出した。これでもバットとしては細いから、素人には当てるのが難しい方だと思う。

 俺の意図を察した真帆櫓さんは、嬉々として小さなバットを手に取った。そして、いつでも来いとばかりに構えて見せた。うん。格好だけを見るならば、それなりに見えなくもない。

 そして、俺は臨場感を付ける為に、野球中継(特にラジオの方だ)の口真似をしながら、俄かピッチャーになった積りで、黄色いゴムボールを投げたのだった。


 対戦成績は……………秘密だ。俺がギリギリ男としてのプライドを保持したくらいとだけ言っておこう。


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