お前たちはこの国に必要ないと言われたのでお望み通り出て行きます
6作目
たまには、ざまぁ&スカッと多めの作品で。
私の体は濡れていた。
頭から大量の水を掛けられ、髪は勿論、服の中まで染み込んだ冷たさは私の肌に気持ち悪く広がっていく。
場所は王城の中庭。
日課の訓練を終え、休憩にと隅で腰を下ろしていた最中だった。
私は濡れた目をそのままに上を見上げた。
目の前に立っていたのは、良く見知ったひとりの男だった。
「相変らずだなステラ。女の癖に汗まみれでみっともない」
「⋯⋯ニゲル」
私がポツリと口に出した彼の名前。
もう二度と関わらないと決めたはずの彼の名前が無意識に零れだしたのは、少なからず私の中で思い残すことがあったからなのかもしれない。
長身で、顔立ちも良く、服越しからでもわかる屈強な肉体。
優しく気配りができると周りからの評判も良い。努力家で、誠実で、非の打ち所がない、と。そんな彼こそが私に水を掛けた張本人だった。
「もう、やめてくれ。こんなことをするのは」
私が疲れ切ったように言うと、苛立つようにニゲルは大きく舌を鳴らした。
「何だよその言い草は。汗臭い体を俺が流してやったんだぜ? 感謝したらどうなんだ!」
怒りに任せてニゲルが私の頬を殴った。
右頬に一瞬だけ痛みが走り抜ける。
私が口元に触れると、僅かにだが血が付着した。
どうして彼がここまで私に執着しているのか。
その理由は大体察しが付く。
私とニゲルは所謂幼馴染というやつだ。
幼い頃から一緒に遊んだりもしたし、恥ずかしい話、私にとっては初恋の人でもあった。
けれど、私の中に眠っていた才能がこの関係を壊した。
女でありながら、私は常人よりもはるかに強かった。
何をしないでも筋肉は引き締まっていくし、男が十人集まっても持ち上げらないような岩を軽々と持ち上げることだってできた。
才能と呼ぶには余りに異質な能力だったが、聖女や魔法使いと呼ばれる特殊な力を持つ人間の生まれるこの国ではまだ可愛いものだった。
こうして三年前、十八を迎えた私は王城の騎士団に入団し、最前線で凶悪な魔物の討伐に日夜繰り出していた。
女でありながらどの男よりも逞しく勇敢に魔物を討伐するその姿を妬ましく思う者が現れたのは、もしかすると当然の成り行きだったのかもしれない。
その最たる例が目の前のこの男だ。
同じく騎士団に入団したニゲルもその容姿と実力から着実に成績を残していたが、それだけではどうやら足りなかったらしい。彼は自分よりも優れた人間、それも幼馴染の女であるこの私という存在がどうしても許せなかったようだ。気づくと私に対して執拗な嫌がらせをするようになっていった。
私は切れた唇を乱暴に拭うと、軽蔑の籠った目でニゲルを睨んだ。
「これっきりにしてくれ。苦しくなるのは貴方の方だ」
「減らない口だな。それに何度も言ってるだろ。悪いのはお前だ。騎士団は女の居る場所じゃないんだよ。色気も無い筋肉ブスの癖に俺に意見すんじゃねェ!」
ニゲルは私の服に手を伸ばすと、勢いよく捲り上げた。
「女でこんなに腹筋のバキバキに割れた奴がいるかよ。気持ち悪い」
「や、やめてくれ!」
「何だ? いっちょ前に恥ずかしがってんのか? ハッ、自意識過剰が。何度も言わせるなよ。お前なんかに女としての魅力は無いんだよ」
吐き捨てるように言うと、ニゲルは乱暴に服から手を離した。
私は怒りと恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながらも、それでも懸命に耐える。ただ耐え続ける。
手を出すのは簡単だ。
何故ならこの男よりも私の方が強い。指一本を額に小突けば済む話だ。けれど、私は人だ。獣でもバケモノでもない。この理性を失えば、それこそ彼の言う通り私の居場所は無くなってしまう。
だから耐えるしかない。
もうそうやって何年も耐えてきた。
私は強い。こんな男よりも強い。強い⋯⋯はずなんだ。
気が付くと、私の目からは涙が溢れだしていた。
痛いからか、悔しいからか、惨めだからか、理由はわからない。けれど、私の目からは止めども無く涙が流れ出てしまう。
それを見たニゲルは勝ち誇ったように笑った。
「ようやく自分の立場がわかったみたいだな。お前なんて居ても邪魔なだけだ。さっさとこの騎士団から⋯⋯いや、この国から出て行くことだな!」
踵を返してニゲルが歩き出す。
そんな彼の背中を私はただ黙って見つめることしかできなかった。
◇◇◇◇◇◇
わたくしは神に愛されている。
何を急に可笑しなことを言うのだろうと、人々はわたくしの事をいつも異端な目で見てきますが気にしませんわ。
何故なら事実ですもの。
わたくしは神に愛され、神を愛し、そうして聖女に選ばれたのですから。
物心のつく前。
わたくしとひとつ下の妹は、教会聖堂の前に捨てられていたそうです。両親が何故わたくしたちを捨てたのか。お金が無かったのでしょうか。子供を育てる自信が無くなったのでしょうか。今となってはわかりませんが、これが神の思し召しだったのです。
教会で育てられたわたくしと妹はすくすくと育ち、世界で最も美しく神々しく優しい女性となりました。嘘ではございません。神に愛されているのですから、この美貌は間違いなく世界一ですわ。異論は認めません。
ただ勿論それだけではありません。
聖女と呼ばれるには容姿だけでは足りませんもの。わたくしと妹には生まれつき特別な力がございました。
生物を癒す。
土地を潤わす。
天候を操る。
瘴魔を払う。
神に与えられし様々な癒しを持って、わたくしたちはこの国を守り、豊かにしてきたのです。
褒めていただなくて結構ですわ。
これがわたくしたちの使命ですもの。
見返りは求めず、力を無暗に振るわず、明かさず。それこそが神に与えられし聖女の役目⋯⋯。
「姉さん邪魔。悪いけどもうこの教会から出て行ってくれない?」
「はい?」
ある日、妹のファルにそんなことを言われました。
聞き間違いでしょうか。
わたくしがそう思い首を傾げると、ファルはハァーと大きな溜息をつきました。
「だから邪魔! ウェール姉さんは私と違って偽物の聖女なんだから居たって意味ないでしょ!」
「に、偽物!?」
聞き捨てならない言葉が聞えましたわ。
この神に愛されし世界の生み出した奇跡であるわたくしを偽物と、確かに妹はそう言ったのです。
「何を言っているのでしょうか。わたくしたちはまごうことなき聖女。わたくしが人々を癒している姿、国の災いを守るために祈る姿、ファルも知っているでしょう?」
「何言ってんの。あれは全部私の力よ。私だけが聖女なの。姉さんはいっつも私の横で同じ真似をしてるだけじゃん。姉妹だから今まで許していたけどもう限界。つか美女は私だけで十分なの!」
ドン、と肩を押された。
力強く、拒絶するように、妹から突き放された時に初めてわたくしは知りました。妹が本心でわたくしのことを邪魔に思っていることが。
確かにわたくしは常に妹の傍にいて、妹を助けるために共に祈りを捧げていました。人々の怪我を癒す時も効率は悪いかもしれませんが、二人一緒に行ってきましたわ。何故なら妹はわたくしにとって最後の肉親だったから。
「お、お待ちくださいファル! わたくしは本当に聖女ですわ! 今まではファルにはそう見えなかったのかもしれません。だから今ここで証拠を⋯⋯」
無暗に使う力ではありませんが、そうも言っていられません。
わたくしが聖女の奇跡を使うべく右手を上に開いて見せた時、その手を妹が力強く握りしめました。強く強く、力と憎悪を込めて。
「わっかんないかなぁ。本物でも偽物でもどうだっていいの。あんたが隣にいると皆が見惚れる。心を許す。それがずっと嫌だったの。聖女は私ひとりだけで十分なの。だから消えろって言ってんの」
「ファ、ファル⋯⋯」
目の前に立つ妹は悪魔のような表情をしていました。
黒く、禍々しく、邪悪な顔。
そこでようやく私はファルの内側に潜んでいた闇に気がつきました。
「や、やめてください。わたくしをひとりにしないで。お願いですファル」
両親に捨てられたトラウマが蘇ったわたくしは、妹の足元で懸命に懇願しました。その様子を妹は汚物を見るような目で見下ろしました。
「いい気味だねウェール。これであんたは野垂れ死ぬだけ。私はこの国でたったひとりの聖女として一生チヤホヤされて暮らせる。もっと早くにこうすれば良かった」
妹は懇願する私の顔に唾を吐き捨てると、用は無いと言わんばかりに背を向けて歩き出しました。
「あぁ、それともうひとつ。私結婚することになったんだ。騎士団のイケメンとね。まぁ、あんたには関係ない話か。それじゃあね、偽物さん」
それだけ言い残したファルは聖堂へと入っていく。
ひとり残されたわたくしは白く大きな聖堂を見上げることしかできませんでした。
◇◇◇◇◇◇
ボクの体は押さえつけられている。
両腕を掴まれて、膝をつかされ、周りには数名の騎士団員がボクに向かって剣を構えていた。
場所は小さな部屋の中。
ここはボクの商売場だ。薄暗い空間に、いかにもな札やら数珠やら宝石が辺りに置かれている。散らかっているように見えるかもしれないがそうじゃない。ボクの力を発揮するのにはこの〝雰囲気〟が必要なのだ。
ボクは魔法使いだ。
だって、魔法が使えるし。
けれど家族は違う。
両親も兄も普通の人間だ。過去を遡っても家系に魔法を使える人間がいたことはない。
つまりボクだけが特別だった。
だが魔法といっても危険は無い。だって少し火を出したりするだけの力だ。ボクも最初は何とも思っていなかったが、とある力が目覚めてから人生が一変した。
予知能力。
恐らくこれも魔法なのだろうが原理は知らない。ただ水晶を覗き込むと未来に何が起きるのかを知ることができた。
これを活かさない手は無い。
この国の役に立てると喜んだボクは無計画に家を飛び出すと、部屋を借りて商売を始めることにした。
いや当然はお金は取る。
だってお金が無いと生きていけないし、未来が知れるならお客さんだってそれぐらい払ってくれる。だから当然。ちょっとばかし高い料金でも問題ない。うん。だって本当だし。未来は絶対当たるし。だから問題なし⋯⋯。
「魔女ルム。貴様を詐欺罪で連行する!」
「あれ~!?」
はい、気づくと詐欺罪で拘束されていました。
意味わからん。詐欺じゃないしガチだし。あと魔女ってなんですか。魔法使いなんですが。
「あの~すみません。ボク詐欺なんてしてないんですけど」
何かの手違いかもしれない。
状況的に絶対覆りそうにないけど一応ね。誰にだって間違いはあるしね。
ボクは一縷の望みを賭けて騎士団のひとりを見た。
男性は無表情のままに何やら大きな紙を取り出すと、淡々と読み上げていく。
「詐欺にあった被害者は合計三十八人。全員が同じような供述をしている。『悪い未来を押し付けられた』『未来を変えたければこの壺を買え』『そうでなければ不幸が起きる』。そうやって高額な品を売りつけ、悪い未来をイメージさせた結果、本当に不幸が起きた。どうだ。言い逃れできないだろう」
いやどういうこと!?
言い逃れも何も意味がわからん。
ボクはあくまで未来を見るだけ。その未来が良いものか悪いものかは制御できないのだ。ただこの先必ず起きる未来を正確に教えていただけ。悪い未来が見えた客全員に訴えられるのは理不尽というやつだ。
恐らく、悪い未来が実現したことを気味悪がったか、認められずに無理やりボクのせいにしたかどちらかだろう。それに壺や宝石だって売りつけたが効果は本物だ。ボクの魔法を込めてある。そりゃあちょ~っと高額にはしたけど運命を変えるんだからそんなものだろう。うん、これは仕方がない。ボクは無実。魔女じゃない。
ボクが反論しようとした時、誰かが新しく部屋に入ってきた。
「そういうわけだ。大人しく罪を認めろ」
「げっ、兄貴!?」
部屋に入ってきた男性をボクは知っていた。
名前はニゲル。騎士団の副団長にまで数年で登り詰めた天才であり、ボクの実の兄だった。
兄貴は怒りの籠った眼差しでボクを刺すと、ズカズカと歩きながら部屋に置いてある宝石を手に取った。
「お前は昔から変な妹だったがここまでとは。まして俺の愛しの聖女にまでこんな物を売りつけようとするなんてな!」
手に持った宝石をボクに向かって投げつける。
ひとつが額に強く当たり、血がゆっくりと流れ落ちていく。
「ま、待ってよ兄貴。ボクのは嘘じゃない! 知ってるでしょ! ボクが魔法使いな事!」
兄貴には小さい頃何度か魔法を見せたこともあった。
ボクと兄貴と幼馴染のステラ。この三人で良く遊んだりだってした。だから、信じてくれるはず。守ってくれるはず⋯⋯!
「知らないなそんなこと。変な力を持つ女にはうんざりしているんだ。オイ、お前たち。さっさとこの女を連行しろ」
「そ、そんな⋯⋯」
裏切られた。
いや、そうじゃない。兄貴は最初からボクの事なんて信じていなかったんだ。きっと妹だとも思っていない。兄貴とってボクはただの邪魔者なんだ。
絶望し、項垂れるボクを騎士団員たちが無理やり立たせた。
連行される途中、ボクは立ち止まって背後に居るであろう兄貴に向かって尋ねた。
「⋯⋯兄貴はさ。ボクの事嫌い?」
「当然だ。この恥さらしが。もう二度と俺の前に姿を現すな」
「そっか」
ボクは胸が締め付けられる感触に耐えるよう歯を食いしばると、魔法の呪文を唱えた。
「【ペレオ】」
刹那、ボクの視界がブレたかと思うと、肉体が街中に瞬間移動していた。
一瞬にして行きたい場所に移動する魔法。
信じてもらえば使う必要のない魔法だったが、あの場ではもうどうすることも出来なかった。
「これでボクはお尋ね者かぁ」
兄貴に見捨てられ、街の人には訴えられ。
よかれとしたことが全て裏目に出た。ボクはもうこの国の誰にも必要とされていない。
「もういいや。⋯⋯さっさとこの国から出よう」
ボクは逃げ出すようにして歩き出す。
これから先どうしよう。
そんなことを考えながら歩いていたせいか、正面から近づく気配に気が付けなかった。
ドン。
ぶつかったボクは勢いよく尻もちをつくと、痛む腰を押さえながら前を向いた。
「いてて、すみません。考えながら歩いてしまって」
「いや、すまない。私の方こそ前をよく見ていなかった」
「わたくしとしたことがうっかりしてましたわ。ごめんなさい、お怪我はありませんか?」
目の前には二人の女性が居た。
背の高く、凛々しく、逞しい女性。
美しく、神々しく、光に包まれた女性。
その二人を見たボクは驚いて立ち上がる。
「もしかしてステラとウェール!? 久しぶり!」
突然の再会に喜ぶボクを見て、二人も驚いたように顔を見合わせた。
◇◇◇◇◇◇
三人の女性が優雅に話し合っていた。
果てしなく緑が続く草原。
その中心に円形のテーブルがひとつ。それを囲うように三つの椅子が並んでおり、女性たちは座りながら楽しそうに談笑していた。
「それにしても凄いなルムの魔法は。こんな空間まで作るれるとは」
「えへへ~凄いでしょ。昔よりもやれることが増えてね。ここなら誰にも邪魔されず話せるよ」
魔法使いのルムが照れるように笑うと、これまた魔法で創り出したティーカップを口元に近づけた。
「美味しい! ウェールの紅茶最高だよ! どこのお茶っ葉?」
「どこにでもある普通のお紅茶ですわ。ですがわたくしが淹れるといつもこうなっていまうのですわ。神に愛されている証拠ですわ」
「うんいつも通り意味わからん。てか魔法みたいなことを当たり前にやんないで」
ルムの言葉に「聖女ですから」と当然のような態度でウェールも紅茶を飲む。この女にだけは勝てないな、とルムは強く感じた。
「それにしてもまさか二人にもそんなことがあったなんてね」
「あぁ、恥ずかしい話だがな。まさか泣き出してしまうとは自分が不甲斐ない」
ステラが暗い表情で俯く。
既に全員が今日起きたことを話終わっていたため、どことなく空間も重かった。
「何言ってんの! ステラは悪くない! 悪いのはクソ兄貴だから。まさかステラにそんなことしてるなんて知らなかった」
「無理も無い。あの男は私以外には随分信頼されているからな。演技と剣だけがアイツの才能だ」
「昔はそんなじゃなかったんだけどねぇ」
ステラとルム、そしてニゲルは幼馴染だったため、よく小さい頃は遊んでばかりの仲だった。その時はまだニゲルも優しい少年だったが、いつしか彼の欲望は肥大化し、結果として今回のような事件が起きてしまったのだ。
「ホントごめんね。ボクの兄貴が」
「いいさ。それに私も奴には今回の件で完全に冷めきってしまった」
どこか寂しそうに笑うステラだったが、彼女が強がっていることはルムにもわかった。
何せ初恋の相手だ。
熱が冷めているのは間違いないだろうが、それでも全てを割り切るのは難しいことだ。
気まずい空気を断ち切るように、ルムはウェールの方を見た。
「ウェールも災難だったね。妹ちゃん、初めて会った時はそんな感じしなかったけど」
「わたくしも残念でなりませんわ。たったひとりの妹に見放されてしまうとは。こればかりは流石の私も堪えましたわ」
「私もウェールの妹に会ったことはあるが、そんな裏の顔を持っていたとはな」
ルムに続くようにしてステラも話に入る。
ルムとステラは小さい頃からの付き合いだったため、大人になってからも何度か会っていたが、ウェールとは三年前からの仲だ。
聖堂に何度か通うことで意気投合し、それから三人で時折出かけるようになった。今では三人とも親友と言っても差し支えないだろう。
「そして最後はボクね。まさか詐欺として訴えられるなんて。ボクはただ皆のために頑張っただけなのに!」
ルムも慰めて欲しいと言わんばかりに机を叩く。
だが、それに対してステラとウェールは少し冷めた視線を向けた。
「いや、可愛そうだとは思うがあの部屋は無いと思うぞ。いかにも胡散臭い」
「それと料金も高すぎますわ。人々のためならば無償で行動すべきです」
「いやなんでボクだけそんな感じ!? 結構ボクも傷ついたんだけど!」
思いもよらぬ言葉が返ってきたため驚くルムだったが、少しだけ考えたところでひとつの結論に至った。
「でも確かにお金取りすぎたな⋯⋯うん、仕方ない。だってボクお金好きだし!」
ひとりでに立ち上がって拳を握りしめたルムを見て、ステラが眉を顰めた。
「ルムはこの先本当に捕まりそうだな」
「いやぁ、その時はまた魔法で逃げるだけだし」
「魔女め」
ステラが笑うと、ルムとウェールも釣られた笑い出す。
こうやって三人で集まっていると、嫌なことも忘れられるような気がした。
「わたくしは神に愛され、神のみを愛すと決めていましたが、お二人のことは少しだけ愛してあげることにしますわ」
「急な告白。もしかしてそういうこと?」
「前言撤回します。ルムには一欠けらの愛もありませんわ」
「せめて一欠けらは頂戴よ!」
何やらくだらないことで言い争うルムとウェールを微笑ましく見守っていたステラが立ち上がる。
「今日はこれぐらいにしておこう。早く行動に移さないとな」
ステラの言葉にルムとウェールが頷く。
「まさか本当にこの国から出るとはね。でも二人と一緒なら問題なしだね!」
「わたくしと神がついているのです。問題など起こるわけがありませんわ」
「そうだな。きっと大丈夫。私たち三人ならどこでもやっていけるさ」
ルムとウェールも立ち上がり、手を差し出した。
親友から差し出された二つの手。
それを両手で握りしめながらステラは前を向いた。
「出ようこの国から! 私たちの未来のために!」
国との決別を決めた三人は一緒に歩き始める。
ふと、ルムはひとり立ち止まると、先ほどまで座っていた椅子の上を見た。
そこにはひとつの水晶玉が置かれている。
「ボクの親友を傷つけた報いだ。ざまぁみろ」
目に映ったこの国の未来を焼き付けて、ルムは誰にも聞こえないようにそう呟いた。
◇◇◇◇◇◇
「オイ! 一体どうなっている!?」
俺はこの国の惨状を王城から見下ろしながら怒号を上げた。
城の上からの景色はまさに地獄絵図だった。
魔物が次々と街に侵入し、嵐のような暴風が家々を壊し、天から叩きつけられる大量の雨水がその嵩を増やしていく。
どうしてこうなった。
数日前までは平和そのものだったはずだ。
俺は隣に立つ聖女ファルの両肩を掴む。
「どういうことだファル! お前は聖女だろ! 速く何とかしろ!!」
「何度もやってる! けど何も変わらないの! いつもなら祈ればすぐに天候も変えれられるのに⋯⋯」
何度も目を瞑り、手を合わせ、形だけ祈るようなポーズを取るが何も起こらない。何よりも彼女からは聖女のような神々しさも力もなにひとつ感じないのだ。
「ダメ。やっぱり⋯⋯。どうして、いつもなら。そう、いつもなら姉さんが傍にいて⋯⋯まさか!?」
何かに気が付いたように顔を青白くするファルに俺は再び怒号をぶつける。
「なんだよ! おい! 何がまさかなんだ!?」
「私じゃなくて姉さんが本物の聖女⋯⋯? 私には力が無くて、代わりにいつも姉さんが癒してたんじゃ⋯⋯」
「なっ!? このクソ女がッ!」
俺は怒りのままにファルの顔を殴った。
鼻から血を噴き出し倒れるファルは、涙を浮かべてこちらを見上げた。
「な、なにをするのよ! 私に、美しい私にこんな!」
「知るか黙れ! お前が聖女だから結婚を決めたんだぞ! 能力女どもを見返すために、それなのに⋯⋯クソッ」
こんなはずではなかった。
俺はあの筋肉女を超えて、妹を超えて、唯一無二の存在になるはずだった。いずれはこの国を支配するはずだった。それなのに⋯⋯!
「もういい! 俺だけでも逃げようかとお前を教会から無理やり連れだしたがもういらん! ひとりで逃げてやる!」
俺は女を置いて走り出す。
そして扉を開いた瞬間、そこには大勢の人間が立っていた。
「なっ! 国王様!?」
そこにはこの国を治める偉大な王の姿があった。
「ニゲル探したぞ! 騎士団は団長を含め魔物の討伐と国民の避難に当たっている。だが、お前だけ聖女と共に城に入る姿が目撃されてな」
「も、勿論今から私も魔物を討伐するつもりです! その、今は聖女から治療を受けていて⋯⋯」
俺は咄嗟に弁明するが、背後からファルが大声で叫んだ。
「王様! 彼は嘘つきです! ひとり逃げるために私を連れ去り、暴行を加えました!」
「ッ⋯⋯あの女!」
俺が振り向いた時には既にファルは走り出しており、国王の前に跪くと突然泣き出し始めた。
「申し訳ございません! 私は聖女ではありませんでした! 本当の聖女は姉であるウェールでした! 私には何の力もございません。なのでどうか他の人たちと同じく守ってください! お願いします!」
煩く喚きながら国王に訴えかけるファルだったが、次の瞬間には周りにいた衛兵に捕らえられてしまう。
「な、なにをするの!?」
「この国と国王様に虚偽を申し出た罪だ。さぁ来い!」
「いや、やめて。いやぁぁぁッ!?」
絶叫が木霊する。
ファルは連行されるとすぐに見えなくなった。
だが当然の報いだろう。
聖女であると偽り、本物の聖女は依然として姿を見せないのだから。
「この通り、あの女の証言はでたらめです。どうか国のため通してください」
俺は冷静に、震える声を押さえてそう言った。
すると国王は淡々と言葉を発した。
「そうか。だがその前にお前の妹ルムと騎士ステラの居場所について心当たりはないか?」
「ルムとステラの?」
何故今アイツ等の名前が出るのか。
意図は不明だが、俺が知るはずも無い。
「いえ、申し訳ございません。私も暫く二人には会っていなかったので」
「ほぉ暫く会っていないか。それは残念だ」
国王は大きく息を吐き出すと、衛兵から何かを受け取った。
「これはお前の妹が作り上げだ宝石でな。この宝石を持つ者には魔物も襲ってこず、風と雨の影響も受けないようなのだ」
「え」
国王の手に置かれているのは、確かにルムの作った宝石だ。
そして、それは俺と数名の騎士団が押収していた物だ。
国王は続ける。
「この力があれば民を守ることは容易だった。そして、騎士であるステラの力はまさしく百人力だ。この魔物の軍勢も簡単に倒せたであろう」
「あ、あの国王様?」
何やら風向きが悪い。
そう思いながら俺が次の言い訳を考えていた時、突如として衛兵に押さえつけられた。
「な、なにを!?」
「喚くな。お前にはとことん失望させられた。優秀な魔法使い、それも実の妹を魔女呼ばわりして連行しようとしたとは。騎士ステラに対して何度も暴行を働き、あまつさえこの国を出て行けと言うとは」
「何故それを!?」
驚愕すると同時に、俺はしまったと口を押えた。
だが、全ては余りにも遅すぎた。
「騎士団の者から聞かせてもらった。ルムの事も、ステラのことも目撃していた者にな」
「ぐっ」
痛い。
押さえつけるな。
俺を、そんな目で見るな。
「離せェッ! 俺は、俺は悪くない!! 悪いのはアイツ等だァ!!」
俺は抵抗しようと藻掻くが、次々に拘束されていき、自由を完全に奪われてしまう。
「連れていけ。この国が滅ぼうとも、そうでなくとも、あの男には死よりも恐ろしい刑を与えよ」
国王の冷え切った声を最後に、俺の意識は徐々に失われていった。
どうしてこうなった。
俺は考えるがやはりわからなかった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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