第八話
訓練場は、朝から乾いていた。
土と汗の匂いが混ざって、鼻の奥に残る。
いつもの朝だ。
誰かの息が荒い。
誰かの足音が重い。
叩きつける音だけが、正しいみたいに響いている。
シュウは端にいた。
列の最後。
邪魔にならない位置。
前に出る気はない。
押されるのも面倒だ。
「次、三年。前へ」
上級生の声が飛ぶ。
列が少し動く。
シュウも一歩だけずれた。
ぶつからないために。
その時。
土を蹴る音が、ひとつ混ざった。
まっすぐで、遠慮のない足音。
視線が流れる。
空気が、ひと呼吸だけ固くなる。
獅子の耳。
獅子の尾。
肩幅が広い。
レオ。
誰かが小さく言う。
「……赤かよ」
レオは列の途中に入った。
当然みたいに。
「どけ。見えねぇだろ」
前にいた下級生が押される。
肩が揺れ、足がもつれる。
「おいおい、列って概念どこいった」
誰かが、ぼそっと笑う。
下級生が転びかける。
咄嗟に、手が出た。
肩を掴んで、横へ引く。
ぶつからない位置へ。
シュウは手を離す。
レオの視線が止まる。
「……お前」
シュウは顔を上げる。
「……ごめん」
レオの眉が動く。
「謝りゃ終わりかよ?」
「……いや」
レオが一歩詰める。
赤の圧が近づく。
呼吸が浅くなる。
周りは見ている。
止めない。
「弱ぇくせに前出んなよ」
シュウは言い返さない。
レオが襟元を掴む。
引き寄せる。
体が少し浮く。
「調子乗ってんのか?」
何も言わない。
次の瞬間。
拳が肩に落ちる。
鈍い音。
「……ぐっ」
体が横に崩れる。
足が絡み、そのまま転がる。
誰かの足元にぶつかる。
「……ごめん」
肩が熱い。
遅れて痛みがくる。
手をつく。
指先に土がつく。
立ち上がる。
ゆっくり。
目だけは、逸れない。
理不尽だと、分かっている。
レオの顔が歪む。
一歩近づき、低く言う。
「……学園のバグのくせに、目障りなんだよ」
シュウは何も言わない。
肩を押さえる。
指がわずかに震える。
痛い。
それでも、立っている。
レオは舌打ちをひとつ落とす。
「邪魔すんな。次、俺だ」
前へ戻る。
列が動く。
訓練が再開する。
何事もなかったみたいに。
押された下級生が、小さく頭を下げる。
「……ありがと」
聞こえるか聞こえないかの声。
シュウは見ない。
呼吸を整える。
少し離れた場所。
白い影が動く。
ハル。
姫の顔。
姫の背筋。
姫の歩幅。
爪先が、ほんの一瞬だけ止まる。
さらに遠く。
教師席の影。
ミコト先生の眉が、わずかに上がる。




