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第六話

寮の廊下は夜になると静かだった。


コン、コン。


控えめなノックが響く。


シュウは扉を開けた。


廊下にハルが立っていた。


背筋は真っ直ぐ。

姫の顔。


でも、目だけが少しだけ揺れている。


「……シュウ」


「……なに」


「今日……なにしよーたと?」


「……別に」


「嘘」


「……嘘じゃない」


「別にって、なに」


「……」


「別にって言うとき、いつもそう」


「……なにが」


「顔」


シュウの口元が動きかけて、止まる。

へにゃっとしそうになって、戻す。


「……わからんふり、せんで」


「わかんない」


「わかっとるやろ」


「……」


「……っ」


ハルは息を吸って、顔を戻す。


「……入る」


シュウは何も言わず、道を開けた。


ハルが一歩入った瞬間。


廊下の向こうから運搬の気配が近づいた。


白い袋が、ずらっと運び込まれてくる。


多い。

明らかに多い。


その後ろにヒカリがいた。


「姫。以上です」


「……ご苦労」


「はい」


ヒカリはそれだけ言って、引いた。


部屋の中に、白い袋が並ぶ。

蜂蜜の瓶もいくつもある。


シュウの目が一瞬だけ光って、慌てて戻る。


喉が鳴る。


「……白パン」


「……え、これ……」


「食べんしゃい」


「……そんなに」


「食べんしゃい」


「……でも」


「でも、じゃない」


「……こんなに、食べれない」


「……食べれるかどうかじゃなか」


「え」


「……っ」


ハルは言い切れず、唇を噛む。


「……食べんしゃい」


「……余るよ」


「余らん」


「余るって」


「……食べんしゃい」


声が少しだけ高くなる。


「……じゃあ、食べる」


「……うん」


その声だけ、少しだけほどけた。


シュウは白パンをひとつ取って、ひと口かじる。


息が抜ける。

目が、わずかに細くなる。


蜂蜜を見る。

指が止まる。


シュウはそれを誤魔化すみたいに蜂蜜をつけて、もう一口。


口元が戻らない。


「……そうやろ」


シュウは返事をしない。


する前に、また食べる。


「……今日」


「……ん」


「白パンの日やろ」


「……うん」


「蜂蜜の日やろ」


「……うん」


ハルの声が揺れる。

揺れたまま、止まらない。


「なんで、あげると」

「なんで、また削ると」

「わたし、見とったもん」

「見とったのに、止めれんやった」

「止めたら、隠すやろ」

「笑って、ごまかすやろ」

「そういう顔するやろ」


「……ごめん」


「謝んなっちゃ!!」


シュウが瞬きをする。


「違う!!そうじゃなか!!」


ハルは息を吸って、また言葉を継ぐ。


「耐えとったのに」

「耐えとったのに、顔見たら……むり」


一歩、近づく。


抱きつきそうになって、止まらない。


抱きつく。


「……シュウ」


名前が短い。

震えている。


シュウの手が迷って、背中に回る。


「……ハル」


「……食べんしゃい」


「食べてる」


「足りん」


「……足りるよ」


「足りん!!」


「足りんいうとろーもん!!」


シュウがへにゃっと笑う。


「うん、じゃなかろーもん!!」



しばらくして。


机の上にも、床にも。

白い袋がまだ残っている。


「……あの」


「なに」


「……これ」


「食べり」


「……食べるけど」


声は弱い。

でも目は逸らさない。


「……医療棟、とか……」


そこで止まる。


「……置いとける、かなって」


ハルは止めない。


止めずに、袋をひとつシュウの前に置いた。


(机の上をトン)「食べるぶん」


「……うん」


(床の袋を指で示す)「……渡すぶん」


「……え」


「……反論禁止」


シュウはへにゃっと笑った。


「……わかった」


ハルは顔を逸らしたまま、もう一度だけ言う。


「……食べんしゃい」


それは命令みたいで、お願いみたいだった。


「……うん」


ハルは一拍だけ黙って、息を整える。


そして、姫の声に戻した。


「……明日も回す」


シュウは白パンをもう一口かじって、頷いた。


「……うん」

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