32 束の間の会話
買い物(主にウインドウショッピング)をひとしきり楽しんで、ヒルガオ市の駅前で八雲は市の実家から送迎車が来たからとひと足先に帰って行った。
僕たちはヒサメノマチへ戻ってきてからの解散となり、神戸家へ帰ってきたのは午後10時。
僕と流は洋室部分の椅子に座ってホットコーヒーとホットミルクをそれぞれ飲んで寝るまでの時間をゆったり過ごす。
テーブルに乗り上げている流はホットミルクにご満悦。
そんなこの街で長らく過ごしてきたご長寿動物に僕は気になって尋ねてみる。
「…流はさ、この街が好き?」
「あ?」
「…ずっとこのヒサメノマチにいて飽きないのかなって」
「アイツらといた時にもそんなこと言ってたが、オマエ今日どうしたんだ?」
時代錯誤なこの田舎を好きにはなりきれないが街の外では疎外感を感じるこの幼稚な気持ちを言いたくなくて黙り込むと、流は身体に反して大きな溜息を吐いた。
「オレはこのヒサメノマチで永く過ごしてきたが考えたことねぇな。好きだとか嫌いだとか。ここがオレのいるべき場所なんだ、それ以上でもそれ以下でもねぇよ。こんなちっせぇ事で悩むのも色んなことに優劣つけてなんだかんだと騒ぎ立てるのもニンゲンだけだ」
「…」
「オマエは街があんまり好きじゃねぇんだろうが、わざわざ白黒つける必要ねぇぞ」
「…好きじゃないってわけじゃないよ。ただ、市と比べて古臭いなぁって」
「皆オマエくらいの年頃になるとぜってぇ一回くらいは街がどうの外がどうのと文句を言う。こういうの何つったっけな、反抗期、だったか?」
「…反抗期は10歳〜17歳くらいまでの未成年がなるものだから僕はもうとっくに過ぎてるよ」
「オマエはいつでも反抗期の只中だろ」
呆れたような表情で親目線の言い方をするものだから堪らずテーブルを足で蹴飛ばすと、流は衝撃にビクリとして毛を逆立てた。
…足先が痛い。
「おい!何しやがる!」
「…」
「なんか言えよ!」
「…ムカついたから蹴りました」
「正直に理由話せば許されるとでも思ってんのか!?ああ!?」
「…なんか言えって言ったのは流じゃん。言えば言ったで怒るとか意味わかんない」
「オマエ…」
僕がそっぽを向けば流は見せた牙をしまい、身体を曲げて後ろ足で耳の後ろを掻いた。
…これをする時は大体むしゃくしゃした気持ちを落ち着かせたい時。
沈黙の中、お互い部屋を移動することも会話することもなく黙って飲み物を飲む。
コップを置く音とホットミルクを舐める音だけが響く。
「沖嗣、お前はこの街が好きか?」
沈黙を先に破ったのは流。僕がさっき流に質問したのをそのまま返して。
「…好きだと思った事ない。嫌いではないけどうんざりする事はあるよ。…一言では言い表せないっていうか、わからないに近いかな」
「そうかよ」
市では疎外感を感じるけどこの街を好きにはなりきれない。未来を思い描いても結局は勤めがあるからこの箱の中でポツリといる僕が希望もなく立っている。
…複雑な心境を消化するのはまだ無理。
「…この話しやめよ。なんか考えてたら疲れてきた」
「オマエが始めた話しだろ」
さっきよりも疲れを滲ませて呆れ顔をした流はま、いいかと切り替えて残りわずかとなったホットミルクにまた口をつけ始めた。
その姿を動物だなぁとぼんやり考えながら僕は残り少ないコーヒーを口に運ぶ。
角砂糖をいくつも入れたのにまだ苦味の強いそれは大人になりきれていないと指摘してくるみたいで思わず顔を顰めると。
「なんだ、まだその味に慣れねぇのか。ジジイがオマエくらいの年頃の時は好んで飲んでたってのに。オマエはまだまだガキ舌だなぁ」
「…じいちゃんってコーヒー好きだったっけ?」
「オマエくらいの時はな。気に入りの喫茶に入っては良い品質の豆がどうだとか図々しくもオレに語り、周りに笑顔振り撒いて飲んでたぞ」
「…へえ。僕の記憶ではそこまで好きそうにしてなかったから意外」
「飲まなくなったのはジジイの伴侶が死んじまってからだ。妻の淹れるコーヒーでなければ意味がないつってたな」
「…そうなんだ」
また一つ大じいちゃんの昔話を知ることができて胸の内が暖かくなるのを感じる。
…確か僕が生まれる前に亡くなった大じいちゃんの奥さん、つまり大ばあちゃんは若い頃喫茶店で働いていたらしい。
もしかするとじいちゃんは惚れた未来の妻に会うための口実でコーヒーを飲みに行っていたのかもしれない。
「…誰かを好きになるってよくわからない」
「ま、いつかは分かるんじゃねぇか?案外出会いってのはそこかしこに落ちてるらしいしな」
「…そんな上手くあるものなのかな。…まあ、僕は結婚する予定はこの先ないけど」
「そしたら神戸はどうすんだよ。血が途切れちまうだろうが」
「…今時は世継ぎで騒ぐような時代じゃないよ」
「オマエはそれで良いと思ってんのかよ」
…この役目による息苦しさを感じるのは僕が最後になるならいいじゃないか。
そう思ったが口にはしない。役目が嫌だと言った事は誰にも、一度もないが流は薄々感じていて先を心配しているのかも。
僕としては今からでも別の家に流と役目を押し付けられるのなら嬉しい限りなんだけどな。
「オマエ、なんか良くねぇ事考えたか?」
「…いいや、全然?」
そう言ってまた、僕は気持ちを押し込めた。




