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29 大会

 海で転びビシャビシャになったあの日、家に帰ってスマホを見ると小野寺からの着信を知らせていた。

 何事かと騒つく心を抑えつけて発信すれば数コールで間延びした声が聞こえてきて、焦りは空振る。


「…もしもし」

「あ、ようやく折り返してくれた〜!」

「…どうかしたの?」

「あのね〜林が今度出場するアーチェリー大会がこの街で開催されるんだって〜!八雲もその日は都合つくって言ってたしみんなで観戦しに行こう〜」

「…行けたらね」

「相変わらずの曖昧な返事〜。約束だからね〜」



 そんな電話をして今日、幸いにも鈴が鳴る事もなくこうして向かうことができたという訳だ。



 バスに乗って街で1番大きな公民館へ向かうと既に小野寺たちがいて僕を見つけるなり手を振って居場所を教えてくれる。


「おーい神戸〜。こっちこっち〜」

「…何時から始まるの?」

「あと2分で試合始まるっぽい」


 ほらと差し出されたプログラムを受け取る。予定の横に赤いペンで事細かに達筆な文字で書かれているのを見るに、このプログラムの紙は林の持ち物らしい。


「…これ林のでしょ。僕たちが持ってちゃダメじゃない?」

「俺もそう言ったんだがこいつは大丈夫だって呑気だし当の本人も試合中なんて見ないからって言って置いてったんだ」

「…大雑把って言えばいいのか大胆なのか」

「2人が真面目すぎるだけだよ〜」

「お前らが適当すぎなんだよ。このプログラム表は関係者にしか渡されないやつだろ」

「林はスクショしてるだろうしいいんだよ〜」

「適当言うなよ。駄目なものは駄目だろ」


 八雲はチャラい見た目の割にルールや決まりをちゃんと守りたいタイプ。

 こういったところに育ちの良さが伺えるんだよね。 対して林と小野寺は割とざっくりしてる所があるから、ちょっとしたとこでじゃれ合いみたいな軽い意見のぶつかり合いが起きる。


 どちらかというと僕もルールは守った方が良いと思ってはいるけど林と小野寺の意見を覆すのは極めて困難だから流れに身を任せることにして、いや、放っておいている。



 そうこうしているうちに司会進行を努めるのであろう人がマイク越しに話し始めた。

 しかしマイクがいまいち通っていないようで僕たちのいる客席には耳を澄ませてようやく何か言っているくらいの音量しか届かない。


 多分最初の挨拶とかそんなのだろうとあたりをつけてぼーっと聞き流し、ようやく入場した人の中から林を探し出そうと目を凝らす。


「あ、いた〜。あそこのグレー色のシャツの無駄に背が高い人〜」

「…小野寺ってたまに毒吐くよね」

「いや、常にだろ」

「2人とも私語は厳禁だよ〜。観客の自分たちが騒いでうちのとこが負けたらオカルトサークルが潰されちゃう〜」

「心配するところそこなのかよ。あとお前が先に話し始めたんだろ」


 小野寺はアーチェリー部の為ではなくあくまでもオカルトサークルが廃部になるのを懸念しているらしい。

 時々このはっきりした性格が羨ましいと思ったり。


 八雲はまだ何か言おうとしていたが小野寺から口を押さえられてモゴモゴして、最後には諦め口を閉じた。




◇◇◇


 最初の司会の挨拶以外は特に話もなく黙々と試合は進んでいく。


 アーチェリーだけでなく体育系の分野はさっぱりな僕だが林が活躍していることはわかった。他の人と比べて重心がしっかりしていてブレず、フォームが綺麗。アーチェリー部のエースと言われるのにも納得だ。


 打つたびに他大学のチームが顔を僅かに顰める様子からうちの大学がリードしているっぽい。

 流は目を細めて矢が放たれる瞬間を目に収めている。どこか懐かしそうに。

 …今日は静かにしててくれると嬉しいんだけど。


「今回もうちの大学が優勝しそうだね〜」


 小声にしては大きい声量で小野寺が言う。


「…私語は厳禁なんじゃなかったの?」

「周りの人たちも話し始めたからいいかなって〜。大分点差も開いてるし、林がヘマしない限りは大丈夫でしょ〜」

「試合中は特に会話禁止だってここに書いてるぞ。周りが話してるからって俺たちもやっていい訳ない」

「本当に真面目だね〜。お坊ちゃんだからそんなに頭固いのかな〜。もっとのんびり適当に過ごしたら楽しいのに〜」

「お前らのせいで俺は振り回されてばっかだよ!神戸もそう思うだろ?」

「…まあね。でも林と小野寺が組んで悪巧みしたら敵なし状態になっちゃうから僕たちに止める術はないとも思うよ」

「諦めて振り回されろと?」

「…。…頑張れ」

「見捨てるのか、俺のことを」


 私語を注意して止めようとしていたのにすっかり話題が逸れて話し込んでいることに八雲は気付いているのだろうか。

 小野寺は意味ありげにニコニコしてまた話題を振ってくる。


「それにしても林はほんと人気だね〜。あの高身長と爽やかスマイルが良いらしいけど僕には理解できないや〜」


 後ろで街の外から来た人が「誰あのイケメン」やら「ヒサメノマチにあんな良い人居るんだね」やら話しているのが聞こえてくる。

 そんな会話が小野寺のイジりの琴線に触れたようだ。


「…僕としては爽やか(イコール)林って感じがするけど」

「いやいや、騙されてるんだよ〜。その林は猫かぶってる時の林じゃん〜」

「猫なんか被れるタイプじゃないだろ、あいつは。裏表ないような奴なんだぞ?」

「はぁ〜。これだからお坊ちゃんは〜」

「今の会話の中にお坊ちゃんって言われる要素一つもなかっただろ」


 オカルトサークルきってのコントが横で始まったので、放置することにして再び試合を眺める。


 …この人たちの殆どがレギュラーに選ばれる為、そして全国大会で優勝する為に血の滲むような努力を重ねてきたのだろう。林だってそうだ。アーチェリーは趣味のようなものだと口では言うが、影でとてつもない練習をしているのを知ってる。


 …僕は未だそれほどの熱意を持って何かを成し遂げたことがない。オカルトサークルは怪奇現象への理解が深まれば神戸の勤めが好きになれるかもとの薄っぺらい理由、中学の頃は不登校だったから当然部活なんて入ってなかったし1日を生きるのに精一杯だった。


 始めて結構経つ現在ですら神戸の勤めに正直なところ意義を見出せていない。それどころかどんどん嫌悪するばかりだ。


 あの世へ導くような立派なものでもなく地縛霊候補の心を救うばかりでもないこの仕事は無力で他人には理解されなくて。


 …割に合わないよ。

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