26 エゾテンと掃除
暑さを残してセミが寿命を迎えて散りゆく。
鈴虫たちが自分が脚光を浴びる季節が来ると感じ取り準備を始め、紅葉はもう少ししたら紅く色付こうかと会議を始める時期となった。
今日は待ちに待った休日。カキツバタ市から戻ってきて次の日からまたいつものように大学行ってレポート書いての繰り返し。そうしてようやくのんびりダラダラ過ごせる数少ない幸福を甘んじて享受できる何よりの日。
…だったのに。
僕は今、箒を片手に掃除に勤しんでいる。
この家の気に入っているところはまだ配線の繋がった黒電話に時代を感じられるすりガラスの紅葉模様。困っていることは雨漏りで畳が濡れること。
これ以上歪むようなら修理会社に電話をして見積もりを出してもらわなければ。いくらかかるか恐ろしい。流、へそくり持ってないかな。
なんて現実逃避をしていると、掃除をしろと言い付けてきた首謀者がヤジを飛ばしてきた。
「沖嗣。畳の間の埃が取れてねえぞ」
「…そこ掃除した。見間違いじゃない?」
「いいや、埃だ。潔く向こう端からやり直せ」
いつから潔癖のような性格になったのだろう。前回の掃除では大雑把だったというのに。心境の変化?それとも歳とって性格が変わった?
ムスッとしてみたがこのエゾテンには通用しなかったようなので項垂れながら指示された位置に足を運んで箒をふる。
「…掃除機ならすぐ終わるのに」
「畳には箒って決まってんだよ。この良さがわからねえとはお前もまだまだガキだな」
「…意味わかんない」
全く、謎の持論に僕を巻き込まないで欲しいものだ。
長く生きている流は懐古主義なところがあり電子機器を好まない。そのせいで掃除機を始めエアコン、炊飯器も禁止という徹底ぶり。まあ、これらも市と比べればとてつもなく昔の物なのだろうが。
かろうじて冷蔵庫とテレビとコンロ、その他いくつかの家電製品はある。これらはじいちゃんが流と三日三晩激論を交わして勝ち取った家電との伝説を持つ。はっきり言っていい迷惑だ。
「…流も掃除手伝ってよ」
自分ばかり動いていると自称守り神に愚痴ったら吠えられた。
「散らかりまくりの本を本棚に片付けてやってるだろうが。お前の目は節穴か?」
「…いちいち煽ってきてうざいよ」
「お前が聞いてきたんだろ!」
どうしてこうも血の気が多いのか。
無視を決め込んだとしても顔の周りで騒がれるから掃除をしない手段はなかった。
一応神戸の当主は僕なのに最終的にはこのエゾテンの言いなりになってしまう。なんか不思議な力でも使っているのだろうか?
その後も細かな指示が止むことはなく、掃除が終わった時には古時計の針は正午を過ぎていた。せっかくの僕の休日が…。
畳に大の字に寝転がって天井を仰ぐ。
嫌々の掃除ではあったが綺麗になった部屋はやはり快適。畳の匂いが鼻を掠める。
横に同じように手足を放り出して寝そべる流を横目で窺った。
「…なんで今日に限って掃除掃除ってうるさかったの?」
「ジジイの命日だからだ」
薄々察してはいたがやはりきちんとした理由があったのか。しかし。
「…大じいちゃんの命日は2月だよ。もうとっくに過ぎてる」
「ああ、お前のジジイじゃなかったか。汐紘だ、汐紘」
「…汐紘はひいひいじいちゃんだよ」
流は長く神戸の人間に関わり続けているからか時折家系図がごっちゃになってしまうようことがある。
よくファンタジー好きな人は長寿や不老不死に憧れるけど、流はそんな理想的なもんじゃねぇと決まって呆れるのだ。
比較的穏やかな時代や激動の時代、当時の常識が非常識となり常に時代は動き続け、現在は市と切り離されたこの街で時を過ごしている。
そんないくつもの時代を渡り歩いてきた流は今、幸せなのだろうか。
「きよ…お前の高祖父が若い頃に自分が死んだら数十年に一度は家の掃除しろってほざいたんだよ」
「…綺麗好きな人だったの?」
「ああ、とんでもなくな。服にシミひとつつくのも嫌がるめんどくせぇ奴だった」
口先ではそう言うが、そのアーモンド型の瞳は楽しげに細められている。
…話す機会がないだけで昔話をするのが好きなのは知ってるよ。
「だがあいつといた時代も悪くなかった」
尻尾を持ち上げてぺたりと畳につけた。
フンと鼻を鳴らしたのはらしくない事を言ったので流なりの照れ隠しなのかもしれない。
「…意外と律儀だよね。普段はガサツで口悪いのに」
上半身を起こして鼻先をつつくとなんとも言えない顔をして目を細められた。
「そのちょっかいのかけかたやめろ」
「…じゃあ撫でる」
了承を得る前に細長い体を上から下へと撫でつければ首をしならせて口を開けてきた。
指に小さいが鋭い犬歯が当たって反射的に手を引っ込める。
咄嗟に牙を避けたから良いものの、僕が黙ってたら噛まれてた。
守り神が当主に噛み付くとかダメでしょ。その物騒な意思表示の仕方やめた方がいいんじゃない?
「…痛い」
「噛んでねぇだろ。当たり屋すんな」
こんなどうでもいい会話をダラダラ続けていると平穏だと感じる。たとえ話し相手が普通じゃなくても。
テレビを見て1日を終えようと考えていた計画は狂ってしまったが曽祖父、大じいちゃんの頼みを叶えられたと考えれば悪くない。
窓から潮風が来た。
今の僕の気持ちによる気のせいかもしれないけど風が追いかけっこをしてこの家の中を通り過ぎていったように見えた。
和室に飾られた大じいちゃんの日本刀はまるで僕の生活を応援していると伝えるかのように柄が力強く輝いた。




