25 家族との再会、そして
幼い笑顔を家族に向けていた麗ちゃんが、何かに気付いたようなハッとした様子で奥のキッチンのほうへ視線を向けた。
僕もそちらを向いたけど何もなかった。いや、僕には視えなかったと表現するのが正しいか。
…この様子だとお別れの時間がきたみたいだ。結構早かったな。
「おじいちゃん!おばあちゃん!」
そう言って奥へと駆け寄っていく背中が一瞬視えなくなって直ぐに姿が現れた。
…もう、行ってしまうのか。あっという間だったな。
「…行くんだね。…家族に伝えたいことはある?」
僕が伝えようとそう聞いたが、少女は首を横に振る。
「わたしがつたえるからだいじょうぶ!おじいちゃん、おばあちゃん、わたしがままたちにおはなしするまでまっててくれる?」
了承の返事がきたのだろう。後ろにありがとうと元気よく言ってこちらになおる。
麗ちゃんの両親と弟は僕の言葉に悟ったような表情で椅子から立ち上がった。
「麗?」「うらちゃん」「姉さん!」
それぞれが部屋を見回すから、僕は話があるそうですと麗ちゃんが立つ場所を指した。
全員が自分を見たのを合図として、麗ちゃんは話し出す。その顔は明るく、少し前まであちらには行きたくないと言っていたのが信じられないくらい優しいものだったから、何とも言えない気持ちがよぎる。
…この瞬間に立ち会うのは嫌いだ。あちらの人とこちらの人のそれぞれの抱く想いが自分に流れ込んでくるような気がするから。
「ぱぱ。こうえんであそんだのたのしかったね!かたぐるましてくれてうれしかったよ!まま。ねるまえにぎゅってしてくれるのうれしかったよ!またおりょうりおしえてね!えいた。わたしのおとうと。産まれてきてくれてありがとう!いつか、いっぱいおはなししようね!ぱぱ、まま、えいた、だいすきだよ!」
言い終えた麗ちゃんは思い残すことがないかのように家族に満開のひまわりのような笑顔で手を振って。
くるりと後ろの自分を待っているのだろう人々の元へと一歩踏み込んで、ふわりと消えた。
「…麗ちゃんが話した内容ですけど、」
「ええ、聞こえました」
どういうことだと驚いてそちらを見ると、家族3人とも穏やかな顔をしていた。
「うらちゃんが大好きだよって、、言ってましたよね」
「…はい」
「確かにあの子の声でした。元気そうで良かった、、」
「姉さんの声、初めて聞けました。神戸さん、ありがとうございます」
「……僕は何もしてません。麗ちゃんの伝えたいという想いに耳を傾けたから、聞こえたんだと思います」
家族は麗ちゃんとの二度目の別れを経験してその悲しみに身を任せた。でも、その涙には嬉しさと願いも込められた温かい涙なのだろうと感じた。
◇◇◇
帰り道。僕たちは市の夜を、知らない喧騒と眩しいライトの中を通り過ぎる。
家の真っ白な壁には月が浮かんで囚われていた。囚われの身となった月は自由が欲しいと嘆いている。
「家族だから上手く波長があって、ああして最後に聞こえたんだろうな」
「…そうだね。…麗ちゃんのこと、信じてくれてよかった」
「普通は信じねぇ奴の方が多いが、あっちの奴を信じている奴もまだいるもんだな」
「…そうだね」
もしかすると麗ちゃんが居なくなった事によって気が触れてしまった結果、こうして信じてくれたのかも知れない。
失礼ながらもそう疑ってしまうくらいには今回のようにすんなり信じてくれる人は少ないのだ。
それでも麗ちゃんが最期に話せて家族もあんなに喜んでいたのだから結果的には良かったのだろうとも思う。
「…いい家族だったね」
「ああ、そうだな。お前の両親とは大違いだ」
「…平気で抉ってくるよね。デリカシーないなら森へ帰りなよ」
「…オレは野生のエゾテンじゃねぇ!金戸の守り神だ!」
「…その前はネズミ食べて過ごしてたんでしょ?」
「だからそこら辺にいるエゾテンじゃねぇよ!前なんかねぇ、ずっと守り神だ」
「…もう少しまともな嘘つけばいいのに」
「信じろよ!?あーあ。せっかく沖嗣が辛気臭ぇツラしてるから明るく盛り上げてやろうと思ったのによ」
「…明るくしようと思ってたんだったら僕に家族の話題なんか振るなよ」
明るいどころか最悪で嫌な空気感にしかならないだろ。神経どうなってるんだ。
「沖嗣。家族っつうのはなにも父母だけじゃねえんだぜ?」
「…そんなの知ってるよ。大じいちゃんがいたからね」
「もう1人いんだろ。オマエがガキでピーピー泣き喚いてた時からそばにいてやってる大事な頼りになる存在がよ!」
まさかと思い苦虫を噛み潰した顔で横を見ればふふんとその尖った鼻先を上へ向かせて僕の言葉を待っていた。
…なるほど。流は僕に感謝の言葉と家族だと言わせたいようだ。だからわざわざ家族の話振ってきたのか。なんかやり方がセコくない?
「…誘導尋問で望み通りの答えが返ってきても嬉しいの?」
「当たり前だろ!過程がどんなもんだったとしても言った事実は変わらねぇからな!」
なにを言って欲しいか察されてももはや隠す気すらないらしい。そういうところが傲慢だっていうんだ。
「…僕の認知してる優しい家族は大じいちゃんだけだよ」
「んで、あとは?」
「…食費のかさむイマイチ役に立たない家に紛れ込んで数100年の天然記念物」
「おい、なに適当なこと言ってんだ!素直に認めろよ!オレがいてくれて嬉しいですってよ!」
「…なんでそんな薄気味悪いこと言わなきゃいけないのさ。…迷惑フェレット」
「フェレットじゃねえ!エゾテンだよ!目ぇどこについてやがる」
「…ほら、本性でた。なにが頼り甲斐ある存在だよ。横暴な懐かない生き物?の間違いでしょ」
「上等じゃねえか。おい沖嗣、帰ったら説教してやるから覚悟しとけよ!?」
「…五月蝿いなぁ」
騒がしい僕たちを人工物の角ばった天井が無慈悲に見下ろし続ける。空を遮って天気さえも思いのままに支配するそれは僕たちがここから出ていくのを今か今かと待ち侘びているようだった。




